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フリーソウルズ

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#5.ビデオテープ


#5.ビデオテープ



市民総合グラウンド
第一農業高校陸上部の選考会が行われている日曜日。
ウェアに着替えた部員たちがウォーミングアップしている。
あれこれ指図の号令を飛ばす馬淵。
上級生たちが緊張した面持ちなのに対し、恭一はベンチに座りよそ見している。
長身のハイジャンプ女子童門香織の脚線美に見とれる恭一。

馬淵  「おい、山本!(手招きする)」

馬淵の声に慌ててトラックに視線を戻す恭一。

裕司はどうした? 遅いな」
恭一  「あ、あいつ・・・。もしかして来ないかも・・・」

朝の挨拶の大きな声が馬淵の背中にぶつけられる。
スタンド下の通路から、裕司が歩いてくる。
裕司は白い三角巾で左腕を吊っている。

恭一  「ゆーじ!」

引きずるような裕司の足取りを見て心配する馬淵。

馬淵  「どうした、裕司?」
裕司  「ちょっと・・・(照れ笑う)」
馬淵  「骨折したのか?」
裕司  「いや、骨は大丈夫でした」
馬淵  「そうか・・。で、なんでそんなことになったんだ?」

女子マネージャーがランナーたちに声をかける。
神セブンと呼ばれる上級生たちが颯爽とトラックを駆け抜けていく。
フィールドでは、童門がきれいな弧を描いて鮮やかにハイジャンプを決める。
パイプ椅子に座ってその光景を見ている裕司。
忙しなく動き回ってラップタイムを選手に伝える馬淵。
恭一が裕司に近寄ってくる。

恭一  「てっきり姫君見たいがための芝居かと思ったぜ」
裕司  「バカ。誰がそんなことするかよ」
恭一  「例の不良グループか?」
裕司  「ああ・・・(言葉を濁す)。言うなよ、先生には」
恭一  「言わねえよ。喧嘩はご法度だからな、うちのクラブ。それにしても第2ラウンド勃発とは・・・」
馬淵  「何だ、第2ラウンドって?(裕司のすぐ傍に来て)」
恭一  「いえ、何でもありません」
馬淵  「裕司、具合はどうだ?」
裕司  「大丈夫です」
馬淵  「きょうはもういい。帰れ」
裕司  「先生、最後までいさせてください。先輩たちが走ってるのに・・・」
馬淵  「いいから、帰って休め。山本、お前送ってやれ」
恭一  「え、僕がですか・・・。まだ僕、走ってませんけど・・・」
裕司  「ひとりで帰れます」
馬淵  「怪我人をひとりで帰せない。お前、裕司の親友だろ?」

落胆する恭一。



帰り道
並んで歩く裕司と恭一。

恭一  「で、どうすんの、ユウジこれから? 姫君見に行く?」
裕司  「行かない」
恭一  「ほんとは行きたい?」
裕司  「帰って寝る」
恭一  「なこと言って、ほんとは行くんでしょ」
裕司  「あのね、僕はバンドもバイクも嫌いなの。関わりたくないわけ」
恭一  「じゃ、俺、ちょっと観てこようかな」
裕司  「お好きにどうぞ。手、捻られるのさえ良けりゃ」
恭一  「実はさ、何かあの子、気になるんだなぁ・・・」
裕司  「誰?」
恭一  「ショートカットの・・・」
裕司  「キョーイチ、あんなのタイプだったっけ? 男みたいな女?」
恭一  「結構、美人だったぜ」
裕司  「まあ、そうだけど。どうでもいいや。僕には関係ない」
恭一  「おっと、もうすくお前んちだ。じゃあな!」

足早に立ち去る恭一。
団地に目を転じる裕司。
ゴミ置き場に大きな紙袋を捨てる麻衣子の姿を見かける裕司。
裕司に気づかぬまま、その場を離れ外出する麻衣子。
声をかけそびれる裕司。
ゴミ置き場に行き、麻衣子の捨てた紙袋を見つける裕司。
袋の中身は無造作に押しこまれた十数本の黒いVHSビデオテープ。
ゴミ置き場から紙袋を取り出し、中からテープを手にする裕司。
剥がれ残ったシールに文字が薄く残っている。
“199x年8月xx日、椿谷裕司、4歳x月”
残りのテープにも同じように日付けと年齢が記してある。
紙袋を抱えて階段をのぼる裕司。
部屋の中、押し入れに再生機材がないか探す裕司。
自室に戻って机に上にビデオテープを並べる裕司。
スマホで山本に電話する裕司。

裕司  「キョーイチ、今どこ?」
恭一  「何? 今ちょうど姫君が始まるとこ。すっげえ面白いわ。姫君連合の革ジャン着た連中(うしろで野太い掛け声がする)」
裕司  「あのさ、お前んち、ビデオデッキある?」
恭一  「何? よく聞こえねえし」



公団住宅前
ビデオデッキを抱えて公団を見上げる恭一。



裕司の部屋

恭一  「エロビデオじゃないってのはわかった。でもなユウジ、お前のガキん頃のビデオを俺が見て楽しいと思うか?」
裕司  「だから一本だけ、いや最初の5分だけでいい。僕ひとりで見るの、なんか怖いんだ」
恭一  「怖いって・・・。これ呪いのビデオとかじゃないよな・・・」
裕司  「わからない。何が映ってるのか・・・」

しぶしぶ観賞位置に座る恭一。
ビデオデッキにビデオテープを差し入れる裕司。
テレビ画面に画素の粗い映像が浮かびあがる。

(録画映像)
3歳の裕司が家のなかを行ったり来たりしている。
ひと言も発することなく、リビングを歩きまわる裕司。
小学生の姉麻衣子の問いかけにも反応しない。

 *   *   *   *
物思いにふける裕司。
窓から遠くの空を見つめる裕司。
時折、耳を塞ぎ目を強く閉じる裕司。

 *   *   *   *
裕司の父親に抱きかかえられることを拒絶する裕司。
父親から平手打ちを喰らう裕司。
歯を食いしばって泣くことを堪える裕司。

 *   *   *   *
リビングのソファに座る裕司。

母志津子が裕司に質問する。

志津子 「ゆうちゃん、今、何て言ったの?」

黙ったまま志津子を見上げる裕司。

志津子 「今、きりちゃん、って言ったわよね」

涙目になって泣きそうな顔になる裕司。

志津子 「きりちゃんって誰? おともだち?」
裕司  「きりえは・・・」
志津子 「きりえちゃんっていうの? きりえちゃんって誰なの?」
裕司  「きりえは・・・」
志津子 「きりえちゃんは?」
裕司  「きりえは、ぼくの妻です」
志津子 「えっ、ゆうちゃん、今、妻って言った?」
裕司  「はい、言いました」
志津子 「妻っていう意味わかるの?」
裕司  「はい、祝言を挙げましたから・・・。(目に涙があふれる)でも、きりえは、きりえは・・・」

堪えきれず涙を流す裕司。

 *   *   *   *
病院の診察室  
白衣の医師が裕司の尋ねる。

医師  「椿谷裕司くんだね」
裕司  「・・・」
医師  「ゆうちゃんかな?」
裕司  「ぼくは・・・」
医師  「ぼくは?」
裕司  「ぼくのなまえはいそむらかんじ」

(録画映像終り)

ビデオデッキの取り出しボタンが押されガシャっという音がする。
ビデオテープがリジェクトされる。

恭一  「(デッキを操作する裕司に)何で停めるんだよ」
作品名:フリーソウルズ 作家名:JAY-TA