アキちゃんまとめ
ティータイム探偵
――名探偵、皆をそろえて「さて」と言ゐ
手嶋は古い推理小説の一フレーズを思い出していた。
ぐるりと周囲を見渡せば、皆が一様に手嶋へとち注目している。悪目立ちだな、と手嶋は喉の奥で笑いを噛み殺す。
地下一階に作られているバーとカジノからさらにもう一つ下った地下二階。窓のない部屋、いわゆる従業員室に押し込められているのは男ばかりでむさくるしいが仕方がない。時計の針は夜の十時。十八歳未満は普通の飲食店からも追い出される時間だ。
「わざわざご足労頂きありがとうございます」
手嶋は集まった面々を見渡して、声を張り上げた。
刑事の田所。このカジノ経営者の顧問弁護士だった金城。容疑者であるバーテンダーの待宮に、ディーラーの荒北、ガードマンの銅橋。そして手嶋の相棒の青八木。
十畳ほどの場所には細身のロッカーなどが置いてあることもあり、全員が棒立ちとはいえ、圧迫感が強い。
「今日皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。このカジノ経営者、御堂筋翔の死因についてです」
「ンなもん分かり切っとろうが。いちいち言わんでエェ」
芝居がかった動作の手嶋へ、待宮が呆れ口調で言いながら肩を竦める。
「その日、アリバイが無いのはコイツだけじゃろうが。今更、社長を殺した犯人が別におるとか言い出さんでくれや」
「残念ながら、その通りなんですよね」
手嶋の言葉に、全員の瞳に驚愕が浮かぶ。ただ一人、現時点で犯人だと言われている荒北を除いて。
「アリバイが無い……そうなんです。あの日、御堂筋翔はこの事務所で亡くなりました。いや、殺されたんです。そして死亡推定時刻にアリバイが無かった関係者は、荒北さんだけ。待宮さんは都内のバーに市場調査と称して飲みに行っていることが店員と友人の証言から判明していますし、銅橋さんはここから直線距離で三十キロメートルは離れた本社で指紋認証のタイムカードを押しています」
「あぁ、それは間違いない」
手嶋の確認を、金城が肯定する。
荒北に手嶋が向き直り、改めて質問した。
「もう一度、お伺いします。三月三日の夜の十時から十一時の間。おおよそ一時間。荒北靖友さん、この時間……あなたはどちらにいらっしゃいましたか?」
「…………事務所を閉めて、帰ってるトコだったつったろ」
「あなたの住むアパートは、ここからバイクで五分ほど、でしたね。この事務所のオートロックがかかったのは、セキュリティ会社の履歴からでも九時五十五分……帰宅の途中でどちらかに寄られた、なんてことは?」
「無ェヨ」
「誰かに会ったり、アパートの住人に遭遇したり、電話をしたり……しませんでしたか?」
荒北は「してねェ」と簡潔に答え、押し黙る。
おい、と田所が業を煮やして声を上げる。
「状況的に、御堂筋翔を殺れんのはコイツしか居ねぇんだ」
「そう、状況的には、なんですよ!」
手嶋は田所の言葉を待っていたとばかりに、食い気味で口を開いた。
そしてぴ、と指を立て、その場で皆に背を向けながらしゃべり始めた。
「俺たちはアリバイが無いから、と荒北さんを犯人だと決めつけて捜査にかかっていました。だって事務所のカードキーを持っていて、なおかつ最終的にこのカジノ自体を密室にできるのは、その日、荒北さんだけでしたからね。しかし、荒北さんにはアリバイがあったんですよ」
「なんだって!?」
「はぁ!?」
どよめきが広がる中、荒北だけが射殺しそうな視線で手嶋の背中を睨んでいる。
「あの日は珍しい、大雪でした。バイクはおろか、スタッドレスタイヤの車でさえ夜中の運転を躊躇うほどで、この雑居ビルの向かいにあるカフェも、閉店時間を一時間早めたそうですね」
「……それがァ?」
「九時半の閉店を告げた時、店内にまだ一人、女の子が居たそうです」
ぴく、と荒北の口元が微かに引きつった。
「閉店を告げるとすぐさま店を出たそうですが、数件先の軒先で雪を避けながら誰かを待っている様子だった、と。帰りの足が無いのかと、店員は心配になってちらちらと店舗の二階から彼女を様子を見ていたそうなんです。いやぁ、人情って素敵ですね」
「おい手嶋、まさか」
「十時前頃、目の前のビルから出てきた男が、彼女と連れ立って帰って行くのを、そこの店員が証言しています。そしてその証言は、その日の荒北さんの特徴と一致しています。空色の大型二輪のバイクをわざわざ押して、フード付きの灰色のコートを着ていたと」
なんということだ! と金城が声を上げる。手嶋は未だ振り向かず、くるくると宙をかき混ぜて言葉を続ける。
この証言が本当ならば、御堂筋の死亡推定時刻には、荒北はビルに居なかったことになる。そうすると、今まで荒北が犯人だと仮定して作り上げてきた推論がすべて水の泡となるのだ。
「何かと思えば、そんなデタラメ言い出してどうしてェのォ?」
「デタラメ、ですか?」
「あの日、俺は一人だったっつてんだろ!」
「それが嘘なんですよ!」
手嶋は振り向きざまに荒北を指差し、声を張る。
じ、と荒北と睨みあった後、ゆっくりと手を下ろし、代わりに目線で事務所の奥にあるドアを指した。カチャ、と軽い音が経ち、そこから一人の少女が現れる。
「――その日、あなたと共にいたのは、彼女ですね?」
眉を下げ、両手を胸の位置でぎゅっと握った少女。荒北の愛車と同じ色をした髪の毛を揺らし、かっちりと制服を着ている存在。
「な、んで……」
荒北の言葉に、少女は俯く。
「ごめんなさい……でも……」
少女の言葉の次を、手嶋が拾った。
「あなたが隠したかったのは、別の種類の犯罪だったんですね、荒北さん。それも、自分のためではなく彼女のための」
「彼女はあんたの恋人だが、まだ高校生だ。この事件でアリバイを証明するのなら、あんたとの関係が明るみに出る」
青八木が初めて口を開き、彼女の横に立つ。その瞳はすべてを見透かすように真っ直ぐだった。
「あんたは彼女の外聞のために殺人の罪を被ろうとした。だから、ずっとあの夜は一人だったと証言し続けたんだな」
はぁーっと大きく伸びをした手嶋とは逆に、田所は大きくため息を吐いた。あの後、なんとも馬鹿げたことに、御堂筋が他殺ではなく、大寒波のためにできた室内の氷に滑って頭を打ったという真相が判明したのだ。全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、待宮などは膝を叩いて大笑いしていた。
荒北の恋人は高校三年生の少女で、明日が卒業式なのだと言っていた。未成年との交際は原則的に違法だが、彼女の両親を踏まえて婚約の手続きを取っていたがために、今回は不問となっている。まぁ、今回の証言をしてもらう上でどうしても彼女の登場が必要だったため、手嶋が彼女の両親を丸め込んで念書を書いてもらったという裏話があるのだが、そこは割愛。愛の力は素晴らしい、というエピローグが、物語には必要だ。
「ったく、結局俺たちは振り回されただけだったんだな」
「死んでもここまで人を走り回らせられるんだから、御堂筋もなかなかすごい奴でしたねぇ」
「高校生の嫁を貰う荒北もなかなかのものだったな」
はは、と金城はさわやかな顔でまたも物騒なことを言っているが、青八木はこくりと頷くだけにしておいた。