アキちゃんまとめ
三千世界の刀と眠り 君の背中を夢に見る-図書委員編
この部屋はカーテンを開けられない。この薄暗さがちょうどいい。
そう言って、図書室の受付カウンターの中でも山姥切国広はパーカーのフードをかぶっていた。
アキと山姥切が図書委員になったのは今年度の初め。当初は互いに近づき難く感じていたが、アキが免罪で万引き犯に仕立て上げられそうになっていた山姥切をかばったことをきっかけに、少しずつ二人の距離は近づいていった。
それでも山姥切は自分の容姿にコンプレックスがあるらしく、いつもパーカーのフードをかぶって過ごしている。アキは山姥切の容姿はトクベツ醜いなどとは思っていない。それよりも普通の男性よりもずっと整っていると思っている。だが、それはそれぞれが自分に抱くイメージだ。それを覆すことはなかなかに難しい。
今日は梅雨もまだ訪れていないというのに、なかなかの夏日だ。さんさんと窓ガラスの外を明るく照らしている。
まだ夏の空調システムに切り替わっていないために、じっとりとした汗がアキの首筋に浮かぶ。山姥切はめったにこない学生たちの相手を早々にあきらめ、カウンターの奥でパイプ椅子に腰かけて菓子パンをかじっている。
アキは山姥切の方を一度振り向き、それから窓辺に寄る。カーテンを少しだけ開ければ、澄んだ青空が視界いっぱいに広がる。
校舎の四階にある図書室は、夜になるとドーム型の天井が移動し、ガラス張りにすることができるという。アキも図書委員になったとはいえ、それが本当にあることなのかはわからない。だが、天文学部がひっそりと夏に泊りがけの天体観測をするのだという。それはとても楽しそうなことだと思えた。
「まんばちゃんは、晴れた日はきらい?」
アキは振り向かず、窓枠に手をかけたままに問いかける。
ぐるりと空を見渡していると、今まさにできたばかりらしい飛行機雲が目に入った。すうっと伸びていく白に、思わず身を乗り出していた。窓を開ければ途端に直接飛び込んでくる太陽の光。右手を額の上にかざして、遠くまでを見る。
胸いっぱいに、吹き抜けていく乾いた風を吸い込む。中庭で咲いている園芸部ご自慢の薔薇の香り、購買から漂うパンの香り、どこからか聞こえる笑い声。
アキは夏の訪れを体で感じながら表情をほころばせる。
「……嫌いなことはない」
思ったよりも近くで声が聞こえ、アキが振り向く。背後に山姥切が立っていた。
そっかぁ、とアキが笑うと、水色の髪の毛が微かに揺れた。
「お前は好きなのか」
「え?」
「いや、その髪色だから」
「うーん、半分正解。これネ、チェレステカラーっていうの。毎年、イタリアでね『今年の空色』が決められるの。だから毎年ちょっとずつ違う色なんだ。それで、私が好きな人がチェレステカラーが好きなの」
山姥切はさらりと告白されたアキの秘密に何と返答すればいいのか、言葉に詰まる。
「片思いなんだけどね」
アキは窓枠に肘をつき、青空を見上げた。
そのつるりとした頬を、やわらかい風が撫でていく。
「……そうか」
「うん」
山姥切は、叶うといいな、とは言わなかった。ただ、アキの隣で顔を上げた。そしておもむろに瞳を閉じて、鼻から肺いっぱいに夏の香りに近づいてきた空気を吸い込んだ。
微かに感じる甘い匂いは、きっと隣の少女から立ち上る、恋をする香りなのだろう。
二人が並んで窓辺にいた、という目撃情報がクラス内に静かに広まっていることを、まだ二人は知らない。知ったとしても、きっとこれからも二人の関係は変わらない。少し話す機会が多いだけの同級生。静かな図書室が、今の二人の本丸だった。
※現代では同じクラスで同じ図書委員になったアキちゃんとまんばちゃん
2016/05/22