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アキちゃんまとめ

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ねむりひめは待っている


季節は驚くほどに早く移り変わり、今は春の恵みを本丸中が感じている。桜がそこかしこに先、縁側から見える景色は、石切丸や三日月の気分を穏やかにさせていた。国宝と呼ばれる彼らは、人間の感性をよく知っている。人間が桜に心を動かされるのは、その淡い色使いだけでなく、その瞬間を切り取った、刹那的な美しさがあるからなのだろう、と三日月が自慢げに言っていたことをアキは思い出した。
そんな春の夜。本日の夜の見張り役は薬研だった。
荒北、待宮両名との本丸と連携が取れるようになってからも、夜間の見張り役は継続されていた。近侍、と呼ばれる、秘書のような立場に刀剣男子は栄誉を感じているのだ。

そして最近、薬研が近侍になるときに決まって行われることがあった。
夜に、本の読み聞かせをすることだ。

刀剣男子たちは文字が読めない。会話自体には何の問題もない。それは元の主たちの側におり、彼らの会話を聞いていたから、というのもあるだろう。しかし刀が必要な場面というのは、書面からは自ずと遠いものになる。長谷部などは文字が読めないことでアキの雑務を手伝うことができないと知ってから猛烈な勢いで勉学に励み、今では政府の持ってくる書面の数々は、まず長谷部の目を通してからアキへと通されるまでになった。
薬研はその姿を見て、自分は長谷部よりも早くアキの元へ魂現したのに、という焦燥感を抱いたらしい。文字が読めなくとも、薬研が知識として蓄えていた薬学や医学は大いに役立っていたが、とかく刀剣男子というものは主に好かれるためには努力を惜しまないようだった。

そしてこの日も、アキの寝所で薄い油の灯りの下で簡単な文字が並ぶ絵本を読み聞かせてやっていたというわけだ。

「この姫というやつは、本当に幸せに暮らしたのか?」

話を一通り聞き終わると、薬研はアキが開いていた「ねむり姫」の絵本を横から覗き込みながら難しい顔をした。

「私はそう思ったんだけどなァ」
「だってな、大将。確かに数多もの茨を退けてたどり着いた先、美しい姫様が目の前で眠っていたとする。そこで何もしないのは男の恥だと俺っちも思う。しかしその男が、姫様にとってのいい男かどうかってのは分からん」

うーん、とアキは答えに困窮する。薬研は腕を組み眉間にしわを寄せた。そして声を潜め、絵本の中でうねうねと城を取り囲んでいる茨を指差して言う。

「姫様の周りを覆っていた茨が、姫様に懸想していたとして、姫様はそれを知らずに、そんなぽっと出の男について行ってしまうんだ」
「薬研くん?」

アキは薬研の、竹を割ったような性格からは遠ざかった声色を聞き、表情が見たいと覗き込む。しかし薬研は首を振り、小さく、すまない大将、と言った。

「大将の選んでくれた話にケチをつけたかったわけじゃないんだ。すまねぇな」
「ううん。そんな意見は初めて聞いたからとっても新鮮。楽しいよ!」

慌ててアキは言葉を重ねる。確かにそれもそうだ。王子様はすべからくステキなものだと幼心に思っていたが、王子様でなくたってステキな人はたくさんいる。それよりも、相手を好ましいと思うからこそ、自分にとっての王子様になりえるのだ。それはきっと、自分にとっての、たった一人のように。

「大将。ありがとな。夜の間に練習してみるぜ。明日になったら、今度は俺っちが読むのを聞いてくれや」
「うん、おやすみ、薬研くん」

薬研は、にっ、と笑ってアキの寝所に取り付けられた蚊帳の外へと出ていく。春先になると小さな虫が増えるから、と燭台切と長谷部が取り付けてくれたものだ。
おやすみ、ともう一度、襖の向こうへ控えているであろう薬研の背に呟き、アキは布団の中に潜っていく。
刀剣男子たちは、その刀自体が芸術品だ。美しく、曇りもなく、艶やかで、煌びやか。しかしアキは彼らを王子様だとは思えない。アキの王子様は、今も昔もたった一人。荒北だけだ。
ふと、自分の唇に触れてみる。少しかさついていて、これでは女子失格だ、と人知れず肩を落とした。
荒北とキスをしたのは、現世での一回きり。こっから先は結婚したらネ、と荒北が珍しく眉を下げて笑っていたのを覚えている。

アキは布団の中へ更に深くもぐりこみ、膝を抱える。明日の朝、アキを起こすのは荒北のキスではないし、むしろ荒北とは用を作らなければ会いにも行けない。
まどろみの中で見た夢は、王子様ではなく、旅人の格好をした荒北がアキをさらっていく夢だった。



※2016/05/10
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ