アキちゃんまとめ
三千世界の刀を屠り 主と添い寝がしてみたい-5
「何してんだ?」
「あ…やすとも」
荒北が三振りの刀を鍛刀してから、何回かの出撃をするようになったある日のこと。その日も荒北はほぼ隣と言って良いほどの近さにある本丸へ、水を分けてもらいにやってきていた。連れ立ってきた加州は、アキの旅装束と笠を見て何かを悟ったようではあったが、あえて無言を貫いている。
「ちょっとおうちの門が壊れちゃって、修理するための資材を集めに行こうと思うノ。もしかしたらすぐ戻ってこないかもしれないから、水とか畑は好きに使ってネ」
苦笑しながら言うアキの目線を辿れば、確かに昨日までは立派に佇んでいた正門が焼けたように崩れている。いつも裏門を使わせてもらっていることもあり、いわれなければ気付かなかっただろう。
「資材っつーのは?」
「木とか玉鋼とか…いろいろ、かな?」
フーン、と気のない返事をした荒北を加州がせっつく。
「ねぇ主、水取りに来たんだから早くもらって帰ろうよ」
「…テメェの出陣先、オレも連れてけ」
「エ?」
ぱちくりとアキは目を丸くする。それもそうだ、荒北は未だアキへの警戒心を完全に解いてはいない。
「ちょっとなにそれ!こいつらと一緒に行動するのー?」
「我らとてそれには承服しかねる」
加州と荒北の後ろから現れた長谷部が馬を引きながらアキの隣に並ぶ。それから横座りにアキを鞍へと乗せ、二人を横目で睨んだ。
「イイだろォ?オレんトコも相当のボロ屋なンだ」
負けじと荒北が言えば、むっと加州は押し黙る。加州は基本的に荒北の言葉には従う。何故なら荒北が加州の主であり、加州は主に嫌われることを恐れているからだ。
「あん?大将、どうしたってんだ?」
「私はかまわないヨ」
次いで現れた薬研が剣呑な空気に声をあげれば、あわててアキは仲介に入る。
薬研の後ろから現れた蜂須賀は加州の姿を見て眉を寄せたが、興味なさそうに視線を進行方向へと戻した。
「えと、でも、たぶん…私は自分のことで手一杯だから、やすともの部隊のこと守ってあげられないと思うの。それでイイ?」
「ハッ!ンなヘマすっかヨ!」
笑って吐き捨てればアキは、そう、と苦々しい顔で笑顔の出来損ないを作った。
じゃあ、半刻後に出発しまショ。
アキの言葉通りに、残りの三振りも呼びつけて、荒北は小さいながらも部隊を組む。未だ実戦の日が浅いために実力不足は否めないが、この本丸辺りではもう敵無しだ。元々脇差にしては性能の良い鯰尾に、小回りの利く加州が居れば荒北の身くらいはどうにかなるだろう。後は足が遅いが体格の良い岩融に資材を持たせて来ればよい。荒北はあんな得体の知れない女よりも自分の方が優れた刀使いだ、と自分に言い聞かせるように内心でつぶやく。共に出陣した先で、何が起きるとも今は知らない。そもそも考えに煮詰まるような性根はしていないのだ。
今回の行き先は江戸の始まりの地であるという。本丸は屋敷の形をしているものの、何故か刀たちを作る筈の鉄材などによって補強や修繕が可能だ。あそこが常世ではなく、何か違う力によって形作られているものの象徴のように。
アキを乗せた馬を中心に据え、馬に乗っている刀剣男子もいれば徒歩で横に並ぶ者も居る。敢えて全員を馬に乗せてこなかったのは、まだ馬を一頭しか持たない荒北を気遣ってのことだろう。フン、と荒北が小さく鼻を鳴らせば鯰尾が、一つ大きな欠伸をした。
戦闘は至って平和なものだ。道すがらに出てくる小さな髑髏たちは、出会い頭にあちらの長谷部や蜂須賀が切り刻んでいる。元より高い機動力に加えて偵察能力の高さも兼ね備えているのだ。別に自分が生み出した刀たちに愛着が無い訳でも、不満がある訳でもない。だが、こうして後ろから眺めていればいるだけ、彼女がこの世界で荒北よりも長く生活してきたことがよく分かった。少し前に米の炊き方を教えてくれと言ってきた人間と同じ者とは思えない程に。
「それにしても、静かだな」
ぽつり、と最後尾を守っていた三日月が呟いた。その声は数メートルも離れていない荒北たちの元まで通り、荒北の鼻を動かした。それを、何か隠しているニオイだ、と荒北は嗅ぎ分ける。
「テメェどういう意味だ」
「言葉通りだ。先日にここへ訪れた際はもっと多くの骸が居たが、それらは何処ぞへ身を隠したのやら」
「だが、輩共の気配は感じぬのであろう?」
三日月の言葉へと岩融が疑問を重ねる。それに三日月は「あぁ」とすんなりと肯定を投げてきた。
それでも尚、足を止めない一行は、時折現れる骸を斬る以外、ところどころに落ちている資材や折れた刀の破片などを拾っていく。
「ソレ、拾うとなんかあるワケェ?」
「特に何か使うわけじゃナイよ。でも、なんとなく放っておくのもかわいそうでショ? うちには石切丸さんが居るし、祈祷をしてもらってるの」
基本的に折れていない、まっさらな刀であれば審神者が付喪神としての命を吹き込むことも可能だという。荒北もそれを聞いて、刀剣男子たちが戦場で見付けた刀たちを当初は持ち帰らせていた。だが、この世に具現させ、使役させるというのはなかなかに難易度の高いことであるとその時に知ったのだ。
一から鍛刀した刀たちと違い、戦場にて朽ちかけている刀たちは元の主を持っており、具現化させたとしても完全に付き従うとは言い切れない。そして本丸に居る刀剣男子たちが多くなればなるほど、審神者自身の霊力を奪っていく。
アキも大太刀を抱えているために、刀剣男子たちが遠征から帰ってきた直後は体調を崩しやすい。荒北はアキよりも体に自信はあったが、動けなくなってしまっても本末転倒であることは分かっていた。荒北にとって、目下、アキという信用のおけるか分からない存在よりも自分の目で見たものを信じ、現世に戻ることこそが目的であるからだ。
「大将。もう少し行きゃあ、持ち主の居なくなった本丸があったはずだ。今日はそこの屋根を借りようぜ」
「ウン」
主の居なくなった本丸。それは、途中でこの舞台から去っていった者たちの遺産だ。命を落としたのか、それとも他の場所に居住を移したのかは定かではない。だが、過去は確かに人間の住まいであったそこは、人間であるアキや荒北が身を休めるには貴重な場所である。
「なーんか、本当に静かだねぇ。怖いくらい」
乱が後頭部で手を組みながらぐっと背を伸ばす。
それに燭台切が馬上から振り返りながら応えた。
「でも本当に潜んでいるような気はしないよねぇ。馬が六頭に刀が九」
「人間の気配は、」
「――備えろ!」
突如、鋭く空気を斬った声は三日月のものであった。
それぞれの主を囲んで円を組んだ刀剣男子たちの間を嘲笑うかのように、パァン、と火薬が弾ける音がする。途端、馬が激しく啼き、その背を波打たせた。
「キャァッ!?」
「なンだァ!?」
空から降ってきた銃弾が土煙を作り、馬の足を打つ。あわや馬上から放り出されそうになったアキを抱えたのは、長谷部でも、石切丸でもない。
「――意外と人間臭いやつらじゃのう」
エェ、と口元を引き上げたのは、茶色の髪の毛に眦を緩く下げた見覚えのある顔。
「テ、メッ!」
「なんじゃァ? 飼い犬も一緒だったんか?」