アキちゃんまとめ
三千世界の刀を屠り 主と添い寝がしてみたい-2
最初、その姿を見た時は幻だと思った。そうでなければ、自分の頭がおかしくなったのだと。
「大将、下がってくれ」
薬研籐四朗(やげんとうしろう)がアキに声を掛けてくる。彼は少年に近い風貌をしていながら、豪胆な兄貴風を纏う不思議な刀だ。雅なことは分からんと豪語しているが、その実、アキのことを気遣ってくれる良き短刀であった。
「……なんだヨ、強ェニオイもしやがらねェ。巻島のパチモンかァ?」
「ち、違うヨ」
アキの知る姿ではない、写真でしか見たことのない年齢の彼が喋る。
彼の隣にはアキのまだ知らぬ亡霊のような骸骨たちが立っていることを見るに、彼は、荒北は、アキの倒すべき「何か」なのだ。
刀剣男子たちが戦うべき存在。時空の歪みを引き起こしている謎の部隊。何故彼がそれを付き従えているのか分からず、アキは震える両手を握りしめて荒北を睨み付けた。
「面倒事ばっかだぜェ!」
電流のようなものを纏った骸骨が荒北の苛立った声を合図にしたかのように飛び出してくる。
「――斬る!」
蜂須賀虎徹(はちすかこてつ)が瞬時にアキの眼前に滑り込み、黄金の一閃で切り捨てる。唸り声を上げて崩れ去る骨組みの向こうに、ギラギラと光る荒北の相貌が見えた。
チ、という舌打ちが聞こえてくる。
「お願い!あの人を殺さないで!」
「何を言ってるんだい?贋作呼ばわりされて黙ってろって?!」
蜂須賀は自身が贋作と間違われることを極端に嫌う。アキのことを誰かの二番煎じだと呼ばれたことが分かったのだろう。先陣をきって襲い来る輩を切り捨てながらアキを叱咤する。それでもアキにとって、どんな姿であろうと、どんな理由があろうと彼が彼である限り斬り捨てていくという選択はできない。
「……それでも、駄目」
嫌な予感がすると、基地である本丸から無理を言って連れてきてもらったのはアキ自身だ。これ以上の迷惑を刀剣男子にかけるべきではないのは分かっている。それでも彼が、もしも本物の荒北であるならば。
アキの心情を測るかのように、へし切り長谷部(はせべ)が抜刀しながら振り向いた。
「主命とあらば、応えねばなりませんね」
言うが早いか、長谷部は蜂須賀を越えて飛びかかる。右側から振りかぶってきた脇差を下段から斬り上げて打ち捨てた。
次いで蜂須賀も同じくして敵の打刀を振り払うようにして一刀両断する。ガラガラと崩れていくそれは元が人間の形をしていたのか、それとも人間の想像を糧にしてそうなったのか、風化し、粉のように空気へと霧散していく。
焦った声で荒北が周囲の異形に指示を出している。アキはそれ以上荒北の声を聞いていたくないと願った。こんなことは初めてだった。いつだって荒北の声はアキの心を落ち着かせ、喜ばせてきた。心が躍らないことなど初めてだ。
「クソがァ!!」
「柄まで通してやろうか小僧!!」
異形を散々に斬り捨てられた荒北に、薬研の刀が向かう。荒北が懐刀を取り出すよりも早く、その柄で荒北の腹を殴った。周囲に鈍い音と、次いで荒北の絞り出すような唸り声が響く。
「やすとも!」
勢い任せに飛び出したアキを長谷部が止めようとするが、それよりも早くアキは荒北に縋り付く。顔色を真っ青にしながら荒北の呼吸を確かめるアキの鼓膜に、この状況には似つかわしくない声が届いた。
「あわや危機一髪でございましたが、しかして天晴な働き!それもこれも審神者殿の精進の結果ともいえますぞ!」
「こんのすけ……?」
政府の指示を伝えにくるだけの式神であると名乗った、アキを審神者と名付けた最初の存在。こんのすけという名前の狐はやはりころころとわらうようにしてアキの目の前に躍り出た。
「彼は貴方様の知る彼で間違い御座いません。少々手違いがありまして。審神者として拝命される前に邪魔が入ったことであちら側に一瞬取り込まれてしまっていたのです」
「待って!やすともは関係ないんでしょ!?私が審神者になったなら、大事な人には危害を加えないって!」
「ははぁ、しかしその方が望まれたので御座います」
「え……?」
「一瞬だけ貴方様が消えたことを隠蔽するのが遅れましてな。すると貴方様が神隠しで消えたと騒ぎになりまして。彼はそこで貴方様が審神者になられたことを追及しようとしまして」
周囲の刀剣男子も、こんのすけの説明に顔を曇らせていく。
「貴方様に会いたいと縋るものですから、同じく審神者の道を勧めましたら、快く頷いて下さいました」
「おいおい待てよ、さっきの様子を見て納得できるはずねぇだろう。この野郎、大将を斬ろうとしやがったんだぞ」
「そこは、敵のマインドコントロールのせいでしょう。私どもは彼の年齢を相応しい程に引き下げたにすぎません」
え、とアキの唇が震えた声を作る。
「審神者に必要なものは刀剣男子を使役できる、純粋な信念と無垢な身体。彼にはそれらを兼ね備える時点までさかのぼっていただきました。なに、全てが終われば元の世界に帰れるでしょう。些細なことです」
アキは思わず膝枕をしていた荒北の身体に覆いかぶさるようにして彼の身を守ろうとする。こんのすけはその姿に首を傾げながら、あぁ!と合点がいったように声を上げた。
「ご安心ください!彼には貴方様同様、立派な審神者となるべくこのわたくしめがしっかりとレクチャーをさせていただきます故!」
審神者同士となれば、いつでもというところまでは無理かもしれませぬが、顔を合わせることもできますので貴方様の寂しさも消え去るでしょう!
アキの愛した荒北靖友はこの年齢ではなかった。あんな憎しみの瞳を向けてくる男ではなかった。けれどもアキは荒北が荒北である以上は惹かれざるをえないのだ。
「主……」
「……」
震える腕で抱きしめる荒北の身体は異様に冷たく、これからの未来を示唆するかのような曇天が頭上に広がっていた。
※アキちゃんのことが分からなくなった審神者荒北さん(18)
(2015/04/24)