アキちゃんまとめ
ハーピーちゃんと狼男
※アキちゃんは人間の姿+羽根。荒北さんはほぼ人間だけれど手のひらがかなり大きかったり爪が鋭かったり。獣よりの姿になっていくとだんだん硬質な毛が下肢から覆っていく。
さり。
彼女の舌はまるで花の茎に生えた産毛の様な感触をもたらした。荒北の舌も人間そのものとはおおよそ遠いものであり、いくら人型に近い姿を取っていたとしても内側の粘膜までは変化し難い。しかし彼女の――アキの――舌は動物的なものへの連想を一切絶っていた。
彼女と面と向かって腰を下ろすのはいくら荒北でも気恥ずかしかった。何より彼女を正面から見据えると、どうにも母親の影を見つけてしまうのだ。東堂ほどではないが、荒北は彼女の中に遠い昔の記憶を探し出している自覚があった。
荒北の左腕を胸に抱きこむようにして唇を寄せている彼女の頬は紅潮していて、両手も微かに震えていた。それは今までの食事に起因しているのか。彼女は今まで姉の皮膚を摂取することで生きてきたのだという。もっと幼い頃は母の皮膚を食らって生きてきたのだと。それを初めて聞いた時、荒北はその場面が想像できずにぽかんと間抜けな顔を晒してしまった。
「ぅん、ん」
「……」
しかし今、彼女の小さい舌は荒北の日に焼けた肌を撫でている。
手首と肘のちょうど中間あたりをつついていたかと思えば、おずおずと口を開いて舌の平までを荒北の視界に晒した。ぺとり、と彼女の武器である歌声を紡ぐための舌が荒北の腕に張り付く。
自分よりも熱をはらんだ生き物の温かさが荒北の背筋をぞっとさせる。それは捕食されることへの恐怖ではなく、もっと別のものだ。
ぬる、とアキの舌が唾液を伴って皮膚の上を滑る。皮膚を食べるということが理解できなかった荒北に、アキがうーんと幼い表情で説明したのはいつだったか。
食べるっていうか、舐めるノ。肌の表面をなぞるから、皮膚がちょっとけずれちゃって、ぴりぴりするみたい。
そう言った彼女の言葉を思い出す。荒北の目の前で、生まれて初めて肉親以外の肌を食らっている彼女の姿はやはり変わらずか弱いままだ。けれども今まで摂取したことのない栄養に酔っているのか。少し落ちてきた瞼の周囲に紅が入り始めていた。
「アキチャン?」
「……?」
ぺろりと一度大きく舐め上げたそのままの姿で彼女は荒北を見上げた。彼女の舌先から繋がる透明な糸が荒北の二の腕へと向かっている。荒北が止めた訳ではないと理解した彼女は再び荒北の腕へと唇を近付けた。先ほど舐められた部分に目をやれば、確かに微かに赤くなってはいたが、酷く痛むことはない。しいて言うならば日焼けをした時の様なぴりぴりとした僅かな感覚が広がっているくらいだろう。皮膚を食らう、と呼ぶにはあまりにいじらしく、随分と遠慮がちだ。
植物のような感触に、動物特有の体温と粘度が合わさった彼女の舌が荒北の腕を滑る。
ぼんやりとした瞳で甘ったるい吐息を吐く彼女を見ながら、あァ、これは確かにその辺の奴にさせたらマズイな、と荒北は考えた。
彼女は自分のことをハーピーと分類しているが、その外見は明らかにセイレーンのものであると荒北は思っている。それは自身を蜘蛛と形容しながらも、勝利を象った女神の姿をした彼女の母親にとて言えることだろう。
「美味しィ?」
荒北の質問に、彼女は舌を伸ばしながらこくりと頷いた。
それなりの身長差があるため、荒北の太腿に乗り上げていたとしても、彼女の顔は荒北よりもやや下に位置する。更に荒北の腕を引き寄せているため、少しばかり俯いた姿になる。熱心に食事をしているその姿は最早、男の性を煽ろうとしているのではと疑いたくなるものであった。荒北はコクリと小さく唾を飲み込む。彼女にソウイウつもりはないのだと自分に再認識させながら。
ちゅう、と最後に軽く吸い上げてから彼女の小さな唇がようやく離れた。
うっとりと双眸を閉じて余韻に浸るかのような彼女の胸元からそっと腕を引き抜き、代わりに両腕でそっと抱き寄せてやる。くたりと力を失って背後に広がる羽根の付け根を撫でてやろうかとも思ったが、結局は軽く背と腰を支えるだけにした。羽根の付け根というのは神経が集中している部分であり、痛みも快楽にも敏感だ。そこに触れるには、まだ荒北の覚悟が足りない。荒北は確かに自分のつがいを捜してはいる。だが、目の前の少女に、自分に人生を捧げてくれと告げるほどの熱情はまだない。
荒北の胸元でむずがるようにして頬を擦りつけてくる彼女の襟元で髪の毛が踊っている。母親と同じ色に染めようとしていながらも別物の、彼女だけの髪色だ。
体勢を立て直そうと微かに荒北が身をよじれば、鍛えられた太腿がまたがっている彼女の股座を擦った。ん、と小さな声と共に肩が震えたが、彼女はそれ以上性的な香りを漂わせることなく大人しく荒北の腕の中に収まっている。
柔らかな内腿に挟まれた下肢から意識を逸らすように、荒北は大きなため息を吐いたのだった。
※ケダモノには遠い(2014/08/07)