雨宿り
「あ、そうだ」
彼はぽん、と手を叩くと上着のポケットに手を突っ込んだ。こぼさないようにそっと取り出されたそれは色とりどりのセロハンに包まれた駄菓子。
蒼い、その人の瞳のような色を取り上げると、彼は両端を指先で摘んで引っ張った。くるくるっと開かれた中にあるのは明るい褐色。
「キャラメルですか?」
「チョコレートもあるよー。商店街の奥さんたちに貰ったの忘れてた」
キャラメルを摘んだままセロハンを丁寧に広げている指先を眺める。綺麗な正方形に戻ったセロハンに釣られるように、それを上に掲げて透かして見ている人の横顔に視線を移す。
「ほら、ちょっとステンドグラスに似てる」
窓の形に漏れた光がセロハンを通して白い頬を四角い蒼に彩る。彼の膝の上にこぼれた中から紅い包みを取り上げ、持ち上げたセロハンの隣に並べて透かすと、紅い四角と重なった紫が映った。
「あなたは・・・その歳で駄菓子貰うとか・・・」
この若い領主様はそのふわふわした笑顔のおかげで未だに子供っぽく見えるものなのかもしれない。同じような年頃の領民が同じように駄菓子爆撃を受けている図は見たことがないし、領主の後ろをついて歩いている自分も貰ったことは無い。
「勝手にくれるんだもん。俺、甘いの苦手なのにね。はい、あーん」
彼は手にしていたキャラメルを自分の鼻先に差し出した。甘い匂いが微かに香る。
「・・・随分と・・・積極的ですね・・・」
キャラメルと笑顔のその人を見比べる。
その手ずから食べろと言うのだろうが、いくら人目が無いとは言えかなり恥ずかしい。普通、大人の男が2人してすることではない。
この人に悪気は無いのだ。
悪気は無い。
それが余計に心臓に悪い。
「早く食べないと命令するよ?」
・・・ほんとにもう。
目の前の手首を捕まえると摘まれた褐色の塊を口に含む。摘んでいた指先も一緒に舐めてやると自分の手を振りほどいて引っ込められた。
「おまぇ、」
文句を言い出しそうな口にさっき紅いセロハンから取り出したままになっていた薄桃色のキャンディを放り込む。
「うわ」
「何味?」
「・・・イチゴミルク・・・」
恨めしそうに自分を見上げるその人の顔を見ながら、心の中で勝ったと呟く。
「仕方ないでしょう?今私の口にはキャラメルが入っているんですから」
我ながら意地が悪い。甘いものが苦手だと言っている人にイチゴミルクキャンディなんて。
彼は眉間に皺を寄せる。
「キャラメルのほうがまだよかったなー」
「交換しましょうか」
ちらりと舌先に乗せたキャラメルと見せると、その人は口元を歪ませて目を逸らした。
「・・・いや、いい」
耳のあたりが少し紅いのはセロハンの光が融け込んだせいではないだろう。
゜・*:.*.:・゜.:*・゜*
隣から人が立ち上がる気配がして薄く目を開けた。
いつの間にか転寝をしていたらしい。口の中が甘い。
「止んだみたいだ」
窓から乗り出すようにして空を見上げている人の声が聞こえる。
「帰ろう」
振り返ったその人は自分に向かって手を差し伸べる。背にした窓から、ほの蒼い明りがこぼれる。
立ち上がりかけて、ふと後ろを見上げた。
笑みを浮かべて手を差し出している銅像を。
「早く来ないと行っちゃうよー」
おどけたような声が呼ぶ。
「待って下さい」
慌ててその人の手を取ると、思いがけず強い力で引っ張られた。そのまま月明かりの下に連れ出される。
自分の手を掴んでいる人を見、もう1度建物の奥を振り返る。
「なぁに?」
「いえ・・・」
何故だろう。似てる、と思ったのは。
「・・・雨宿りのお礼を」
「律義だねぇ」
肩をすくめて笑うその人は、自分の肩に繋いでいない方の手をかけて伸び上がると建物に向かって声を上げた。鼻先で柔らかい髪が揺れる。
「お邪魔しましたー」
「・・・適当ですね、あなたは」
あははは、と笑うその人の声を聞きながら、繋いだ手に少しだけ力を込めて握り返す。
夏の夜の魔性に、あなたがさらわれないように。