地平線の向こうのボランティア
五か国語は話せるのに、コンビニのバイトも勤まらない僕はカンボジアのKAMPOTという所に行き、地平線の見えるその大地でボランティアとして半年間過ごすことになった。
スクーバのライセンスを持っている僕は休みの日はスクーバをすることが許された。
ボランティアというのも病院で病人たちの血圧を測ったり、体温を測ったり、酸素飽和濃度と言って、SPO₂を測ったり、そして、BP,P、KT、SPO₂という所に記録するのだ。あとは、シーツ交換やリネン交換、枕カバーの洗濯をするだけだ。
僕達の勤務は朝の8時から夜の6時までだが、人手不足もあって、僕は深夜2時まで働いた。ここにいる病人と同じくらいボロボロになる位働きたかった。自分の限界まで汗をぽたぽた流して働きたかった。
一緒にカンボジアに来た栗色の髪の日本人の女の子によく声をかけられ、僕達は食堂で食事をした。彼女は、
「私は美優。ミユっていうの。あなたは?」
「蓮。れんだよ」
「蓮君ね。スキューバやるんだって?私もやるのよ」
美優はそう言った。
「スクーバね。今週もやるつもりだよ」
そう僕は答えた。
「ねえ。歳はいくつ?」
「22」
「私は20よ」
「じゃあ、僕より若いね」
「ここに来ている日本人で脱法ハーブやる人がいて、私に言い寄ってくるの。嫌になっちゃうわ」
「そういう人とは付き合わない方がいいよ」
「蓮君。あなた運命的な偶然とかと、教師の様な権力的なもの、どちらか選ぶとしたら、どちらを選ぶ?」
美優は検診の様な慎重な面持ちで訊いてきた。
「考えたことないなあ。でも権力的なものを重視していたとしたら、僕は今ここにはいない。そんな気がする。でもなんでそんな事訊くの?」
「あなたの事を知りたいから。外国語はどれくらい話せるの?」
「日本語を数に入れれば五か国語話せる。バイトも勤まらないけど五か国語話せるんだ」
僕は窓の外の地平線の見える大地に目をやった。
「でも、あなたを毎日見てるけど、勤務態度はとっても真面目よ。いつも遅くまで看護士さんの手伝いやっているみたいだし」
「それでも世の中では生きていけない。外国語を学ぶ力でその人の器用さが分かるように、僕は思うけど、僕の思う器用さと、世の中の求めている器用さは、どうやら違うようだ」
「私あなたの事が気に入ったわ。私の様な男性不信がこういう事言うの、稀なのよ。今度の週末潜りに行きましょう。私とバディになって。私知っているの。ショップのオーナーがエンジニア出身で窒素をなるべく少なくして、タンクの中に圧縮できる技術を持ってるんですって。それを使えば、結構深くまで潜れるらしいのよ」
「僕は深くても30m位までしか潜ったことない。それ以上は危険じゃない?」
「大丈夫よ」
作品名:地平線の向こうのボランティア 作家名:松橋健一