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松橋オリザ
松橋オリザ
novelistID. 31570
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立ち読み版 君を守らせて下さい

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 何か、まるで外国人と話しているみたいに何か根本からすれ違っている。今更気づいたことではないのだが、いったいどう言ったらわかってもらえるのだろう。頭までくらくらし出した。
 かつてはいつもこうだった。押しまくる麻希人を波風が立たないように、穏便になだめる……その繰り返し。
 どう切り出していいのか、と言うより、はっきり切り出してもうまく伝わらず、今日まで持ち越してしまった。だが、麻希人が新緑座にもどってきたことで、こんなことをこれから毎日、繰り返さなくてはならないのだろうか。
 そんなやりにくい相手とも、どうにかやっていかなくてはならないわけだが、京極は流されるような生き方なんて、死んでもイヤだった。
 京極はここの小道具係で満足していたし、ずっと続けていきたいと思っていた。そんな自分に芸能レポーターなんかが押しかけるような生活なんて、考えたくもなかったのだ。
「麻希人には君のフィールドにふさわしい人がいるよ。大役をすませた今が潮時なんじゃないかな」
「そんなのやだ! 絶対やだ!」
「おーい、麻希人、どこだあ」
 麻希人の声がカーテンを震わせると同時に、廊下に響いたのは麻希人のマネージャー、田口の声だ。
「田口君か。黙って行動したらダメだよ。もう、スターなんだからね」
「あきらめないからね。絶対に!」
 京極が息を呑んだのは次の瞬間だ。
 捨て台詞を残し、廊下へ飛び出したはずの麻希人が突然大きな音とともに京極の目の前で転がったのだ。
 どうやら出会い頭に、カーテンの向こうに立っていた誰かとぶつかったらしい。
「痛っぁ……」
「どうした。麻希人」
 慌てて駆け寄った京極が、カーテンを寄せてみれば、そこに同じように拓磨が腰を押さえ、顔をゆがめ、尻餅をついていた。
「あ……」
 拓磨の表情が麻希人を見たとたん、驚きに変わったのは、彼にとっては初めてのナマ麻希人だったからだろう。
「こ、こんなところで、立ち聞きしてるなんて!」
 美しい顔を紅潮させ、麻希人は拓磨をにらみつける。
「ち、違います。僕はここで京極さんの手伝いをさせてもらおうかと」
「ふん」
 ポスターでしか見たことの無かったスターにおろおろする拓磨を尻目に、麻希人はプイと立ち去っていく。
「大丈夫か?」
「全然平気です」
 真っ正面から激突している。にっこり笑ってはいるがさぞかし痛かっただろう。おまけに麻希人のあの横柄な態度だ。
 拓磨がどうしてそんな風に笑えるのかはわからなかったけれど、その齧歯類みたいなうるうるした瞳に吸い込まれそうになるくらい拓磨は輝いて見えた。
「拓磨、ちょうどいい。手伝ってほしいことがあるんだ」
「はい」と頷き、恐縮する拓磨を招き入れたが、はたしてどのあたりから話を聞いていたのだろうと思うと、きまりが悪くて拓磨の顔をまっすぐに見られない。
 製材所は芝居に使う装置や大道具・小道具を作るところで、この部屋独特のいい香りは壁一面に立てかけられた木材のためだ。壁面にはペンキがずらりと並び、中央には二畳ほどの作業台が置かれ、そのまわりに丸鋸や電動のカッター・ドリルなどの工作機械が所狭しと並んでいる。それらの品揃えは、ちょっとしたホームセンターより充実していると言っていい。
 作業台の脇には学校側が提供してくれた木製の学習イスが茶色に塗装され、山と積み上げられていた。
「上海情話」では食堂のイスが十脚ほど必要だったが、既製品になかなか気に入ったものが見つけられなかった。そこで、これらに手を加えて使おうと考えたのだ。
 「昔取った杵柄」と言うわけで、すでに下塗りは昨日のうちにすませてある。これから、拓磨にその上に白い水性ペンキを塗ってもらおうと思ったのだ。
「茶色の上に、また白く……ですか?」
「そうだよ」
 早速二人はエプロンを付け腕まくりをすると、白のペンキで手際よく塗り始めた。
「僕が塗るとムラだらけ。さすがですね」
 ムラがあっていいのだ。
 京極は最初にぬった白いイスの乾きを確かめると、やや粗めのサンドペーパーを選び、手際よく座部の縁、背もたれ、そしてひじあてと、ポイントを決めてこすり始める。そして約十分後……。
「ほら」
「す、凄い! 子供のころ、土蔵の倉で見つけたイスを思い出します。一気にオールディーズです!」
 拓磨は我を忘れて感激している。
 はげ落ちた部分には下地の茶色が現れ、時間と共にそぎ落とされたような懐かしさ。これは簡単にノスタルジーを再現する方法で、リサイクルショップをしているときに覚えた裏技だ。
「拓磨もやってごらん。客席から見るんだから、アラが目だっても大丈夫」
「はいっ!」
 張り切ってサンドペーパーを手にした拓磨はアドバイスに従い、坐ったときの人がたを想像しながら、背中、膝、尻の当たるところを集中して擦りだした。とても楽しそうに。
 下地が済んでいたせいもあり、二時間ほどで積まれたうちの半分が完成だ。
 京極はできあがったそれらをカウンター風に並べ、その一つに拓磨を座らせた。次には拓磨の肩に手を置くと、静かに口を開いていた。
「さあ、目を閉じて。ここは上海にある大衆食堂だよ。客の話題はもちろん戦争だ。廬溝橋事件をきっかけに、日本軍はここ上海に迫る勢いで、南京陥落をも、もくろんでいる。あちこちで抗日の機運が高まり、開放の反旗がたなびく。そんな当時の人々のざわめきが聞こえてこないかい?」
 闇の海岸線が白いレースのように見えるのは日本国海軍の上陸用舟艇の明かりだ。繁華街では日の丸を掲げたジープが砂埃をたてて走り去っていく。軍人たちは腰の弾帯とサーベルがぶつかりあう音も誇らしげに闊歩する。
 戦時中、日本を含む列強国が上海始め、中国国内の都市にもうけた外国人居留地を租界と言う。京極の脳裏には、ハイセンスで活気のある、そんな租界の情景がまざまざと思いうかび、口にせずにはいられなかったのだが……。