骨折り男とシルクの少女
結果から言えば喧嘩は必要無かった。
与太者は僕の姿を見るとすぐさま散り、変にやる気を出していた行商人とあっけにとられた僕、そして囲まれていた少女が残った。
「なんでぃ意気地ねぇ……、お嬢さんお怪」
「ありがとうございました!!」
「……僕?」
お嬢さんに手を伸ばそうとした行商人を見事にすり抜け、彼女は僕の元へ一直線にやってきた。
……行商人には後で謝っておこう、謝っておかねば血の涙が止まるまい。
身長は高くない、僕より頭一つ下か、可憐さとたおやかさを合わせたような深窓のお嬢さまという形容がしっくりきた。
「あのような方たちを一瞬で……さぞやお偉い方なのでしょう。」
「いや、僕はただの……」
「王侯貴族。」
「茶々を入れるのは止めてくれ。粉挽き屋ですよ。ところであなたはこんなところでどうしたんですか?」
「私は……少々この町に用がありまして。」
「ほう、なら町に入らずなぜ木の下なんかにいらっしゃったんで?」
「…………」
行商人の問いに彼女はうつむいてしまったが、なんとなく理由は分かる。
こうして立っているだけで町からは目線が飛んでくる。
おどおどしたものから敵意を向けるものまで様々だが何一つ好意の物は無い。
それも曲がりなりにここは町、それだけの数悪意の目線を向けられては入るに入れまい。
「……差し出がましいかもしれませんが一緒に来てくださいませんか。」
とお嬢様のお申し出。
こちらが口を開く前に
「何なりとお嬢様!!」
……行商人が調子よくひざまづいてしまった。
君はお嬢さんに代々仕える家臣か何かかと言いたくなる、ぐっとこらえる。
その様子をどう捉えたのかお嬢さんは不安そうだったが、正直な話断る気は毛頭無かった。
町が疑心暗鬼になっていると言っても、はみ出し者の僕には関わりが有ってないような物だ。
行商人はもちろん旅の人間のことだし巻き込むことにためらいはない。
……少女が美しかったことが理由に無いかと言えばそれも嘘になるが。
「良いですよ、人にあまり目立たないようにしましょうか。」
「あ、ありがとうございます!!ところで……この方は一体……」
少々引き気味で向けられた目線にも行商人はめげない、彼の打たれ強さだけは僕も評価しておこう。
ただそれで彼のしようとした悪事は取り戻せない。
お嬢様は気付いていなかったが、こやつひざまづくのを計算に入れ、お嬢様のスカートを下から覗こうとしていた、目線で分かる。
長い付き合いだからこそ分かる事もある、しかしこの事実を率直に告げても、純真無垢な(第一印象)お嬢様が更に引くだけだ。
前述の通りその程度では打たれ強すぎる彼の行動は止まるまい。
とまで考えた上で口に出す。
「大丈夫ですよ、彼は僕の所の下男です、少々行動が芝居じみているだけですから。」
「おい下男ててめッ……」
「そ、そうなんですか……」
「待って納得しないで下さい。」
「だって下男のような身分の低いものでなければ覗きのような下劣な事はしないでしよう。」
「う、裏切り者め!!!」
「成る程、それもそうですね……」
「待って感心しないで下さいお嬢様、根本的な誤解があります。」
「……あれ、覗き……イヤアッ!!」
お嬢様は僕の言葉を何となく聞いた後、言っていることを理解したらしい。
耳まで真っ赤に染めると目をつむったまま行商人を殴った。
踞る行商人を見て思ったのはちょっとやり過ぎたかなと思ったのとこんなたおやかな女性でもこんな時には力が出るのだなというか事だった。
しかし行商人がまんざらでもない顔をして起き上がったのを見て僕は確信した。
……殴られる事まで計算済みか、この変態はと。
☆骨折り男とシルクの少女★
作品名:骨折り男とシルクの少女 作家名:瀬間野信平