メドレーガールズ
国際空港のターミナルはとびきり広く、行き交う人は大きなスーツケースをカートで押し、様々な国からやって来た様々な人種の人が様々な言葉を話してすれ違っていく。案内の放送も英語だ、たぶん、内容はわからないけど――。私は外国に行ったことはないけれど、ここにいるだけで外国にいるような気になる。これがこれからの日常になるのんたん一家はどうなるのだろう?私には想像がつかない、すごいんだろうな。
「おーい、こっちこっち」
ケータイで話しながら家族を探していたのんたんは、空港のロビーで両親と弟の睦くんがいるのを見つけ、私たちはそこへ駆け寄った。
「ごめんね、待った?」
「いいんだ。望こそもういいのか?」
心配をかけたと思った望は逆に父から心配された。
「――うん」望は顔をあげた「悲しくも、寂しくも、思い残すことも――ない」
「みんな、望と友達になってくれてありがとうね。先生も遠いところまでありがとうございます」
のんたんのお母さんが丁寧に挨拶をしてくれた。転勤族で長く付き合える友達に恵まれなかったのんたん。出発の時に見送りに来てくれて嬉しいのは彼女だけではないようだ。
バンコク行きの飛行機の表示が変わると、その旨の放送が聞こえてきた。別れの時間は早くなることも遅くなることもなく、確実に近づいていた。この場ではサラッと、そして笑って別れよう、四人で事前に決めていた。
「ありがとう」真由はのんたんとハイタッチしてお互いの手を取り合った。
「やだなぁ、真由。それ、あたしのセリフだよぉ」
「元気でね」私はのんたんの手を両手で握ると、のんたんも両手になった。
「ホントにタイに来てよ。約束だよ!」
「大好きだよ」最後に律っちゃんはのんたんに抱きついた。
「あたしも大好きだよ」
「先生、ありがとうございました!」
のんたんは先生にペコリと挨拶すると背を向けて、数歩先にいる家族の方へ駆け出そうとした途端、その足が止まった。
「あ、そうだ」
そう言っておもむろにポーチから先の試合でかぶっていたキャップを取り出した。
「てっぺん獲ったるで 真由」
「のんたんカワイイよ 帆那」
「浦中ガールズ ナンバーワン 律子」
「面白くない?試合でやったチャントのフレーズそのままなんだよ」のんたんは笑顔を見せながらキャップの裏に書かれた言葉を読み上げた。
「あたし、それぞれに思い付く言葉がなくってみんなには同じ事書いたんだ、ごめんね」
のんたんは最後にいつもの照れ笑いを残し走り出した。家族に追い付いたかと思うと、一家は出発のゲートを越えて行った。最後にキャップを回している姿を目に焼き付けると、その姿はすぐに見えなくなった。約束通り、別れ際はアッサリとしていた。それでよかった。
「のんたん、あたしと一緒じゃん……」
「何が?」
「キャップに書いた言葉、どれも同じだって」
「それって……」
「ホントに?じゃああたしもだよ!」
律っちゃんがポーチからキャップを出してその裏を見せるとどうだろう、さっきのんたんが読んだのと同じ内容が書かれているではないか――。続いて真由も出して見せた。キャップの持ち主の言葉がないことを除けばどれも同じだ。
みんな一緒だよ 望
たった一言、のんたんが私たちに残した言葉。今初めて見たけれど、この場で見たらとても重い言葉じゃんか――。
「私たちはこの時既に一つになってたんだ――」
「のんたん――」
「転校ばっかで友達いなかったから、この言葉、重いね――」
私たちは同じことを思い浮かべていた。お互いに確認なんかしない、しなくたって自分の手に握られたキャップを見ればわかる。いずれ必ずくるこの日が今やって来ただけのことだ。待ち構えていたけど、実際に仲間の姿が見えなくなると沸き上がってくるものを我慢をするのに時間だけが過ぎていった――。
「一番の勝因はそれだったんだね」先生が後ろから私たちの肩を叩いた「大切にするんだよ。今の気持ち、この先辛いことがあっても。市田もそう思ってる筈よ」
普段厳しい先生の言葉の調子が違うことにちょっと戸惑ってゆっくりと顔をあげた。先生の表情はいつもと変わらない、しっかりした目付きで私たちを見ていた。
「ホラっ、行くよ。デッキへ。見送るんだろ?」
「あっ、行きます!」
私たちは止まっていた時間を取り戻すかのように、デッキの方へ早足で先を行く先生の背中を追った。言ってくれなかったら飛行機は飛んでしまうところだった。
陰を作る建物が何一つない空港のデッキ、暑い日射しの中のんたんとその家族を乗せた飛行機はジョイントが外れると係員に誘導され、ゆっくりと転回し始めた。その時、窓の中から何かがくるくる回っているのが見えた。
「あれ、のんたんだよ!」
「ありがとう!」
「またいつか会おうね!」
ここから叫んでも聞こえる筈はない。それでも私たちは叫んだ。そしてそれはのんたんの目に入っている、耳に届いていると信じていた。
青い機体の飛行機はゆっくりと滑走路の端に陣取り動きを止めると、そこから大きな回転音が波のように聞こえてきた。そして飛行機は勢いよく走り出し、雲一つない青い青い、そして暑い空を独り占めするように、大きな翼を拡げて遠い南の国へ飛んで行った。アッという間だった。悲しくはない、私たちの新しい歩みは始まったばかりだ――。私たち三人は肩を組んで、揃いの水泳キャップをクルクル振り回しながら、離れて行く飛行機に見えなくなるまで叫び続けた。
「浦中ガールズ!」
「We're number one!」
メドレーガールズ
――おわり