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メドレーガールズ

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 先生は車を持っているのに運転はほとんどしたことがないらしく、交差点を曲がる度に「新宅は左、蓮井は後ろ見ててね」と何度も言う。高速道路に合流する時は正直ヒヤヒヤものだった。道中は楽しいけどちょっと不安だ。
 お姉ちゃんは先生のことを「香ちゃん」って言ってるけど、今日の先生を見ると「先生」というより「香ちゃん」って感じがした。そう考えると自然に顔がにやけていた。
 これから苦楽を共にした親友と別れるのはとても残念なことだけど、自分的には初めて行く空港、まだ体験したことがない、世界の交差点というものを味わえるのにワクワクしていた。
 空港が近づくにつれて周囲の建物が全体的に低くなり、大きな看板が目立ってきた。そして時折上から聞こえる轟音に自然と視線を奪われる。
「帆那ぁ、そんなに飛行機が珍しい?」
外をキョロキョロ見ている私に気付いた律っちゃんが私に問い掛けた。
「ほら、後ろのところにいろんな柄があるよ」
「それは『尾翼』って言うんだよ」
「へぇ、あたし飛行機乗ったことないから詳しくないんだ」
 車内のワイワイがピタッと止まり、一生懸命に車内を冷やそうとするエアコンの風の音が私に何かを教えた。
「みんな飛行機乗ったことあるの?」
「うん、あるよ」真由と律っちゃんがほぼ同時に頷いた「小学校の時、遠征で九州まで」
 先生も頷いていた。車内の雰囲気で私が4対1の1であることが明らかにわかった。
「もしかしてあたしだけ?乗ったことないの」
車内にいるみんながクスクス笑った。
「たまたまだよ」横にいるのんたんが私の肩を叩いた「じゃあ帆那、今度飛行機乗ってタイまで来てよ」
「うん、行く行く。行ってみたい、寒くなったら」
「どういうこと?」
「タイってずっと夏なんでしょ?冬を忘れられるじゃん」
 全員で笑い出した。思い出したことはみんな同じだ。プールに入れない冬場に厳しいトレーニングを続けていたことだ。水から離れ一日中ランニングなどをして、本当に記録が伸びるのか半信半疑でヤキモキする時期が車内に共通して浮かび上がった。今となっては懐かしい、それも良き思い出だ。
「あたしはやっぱり夏が好きだ!」
 それだけでなく、水泳も、ここにいるみんなも大好きだ。言うと恥ずかしいので心の中で叫んでみた。
 
 女子ばかりの車は暑いのも忘れ、会話が途切れることなく進んだ。そして我々一行は国際空港のDEPARTURE(出発)と書かれた方のゲート近くの駐車場に車を止めた。先生にとって車庫入れは一番の重労働のようで、私たちみんなの誘導でやっとこさ狭いスペースに車を入れた。先生は外にいる私たちくらい汗をかいていた。
「今日の先生はなんとなく『香ちゃん』だよね」
「何かわかるわぁ……」
車から降りようとしている「香ちゃん」の動きをみて言うと、律っちゃんも冷ややかな笑みを浮かべて答えた。普段は厳しいだけに、今の不安そうな運転がむしろかわいらしく見えた。
「先生が車で学校に来ない理由もわかるよね?」
「引退前に見たかったな、この姿」
 四人で大笑いしていると、完全に車を停めた先生が降りてきてケタケタ笑っている私たちを怪訝そうに見ていた。
「何か言った?」
「何でもありませーん、番号イチッ!」
「ニッ!」
「サンッ!」
「シッ、みんな揃ってまーす!」
「……さ、行くよ。ちょっと遅れてるのよ」
 先生の後ろ姿を見て私たち四人は声を殺してまた笑い出した。申し合わせたわけではないのに「努めて笑おう」って指示が出てるかのように笑っていた。


作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔