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メドレーガールズ

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「じゃんじゃん食べてよ。今日は『焼き放題』だから」
 座席は自由なので、みんな適当に座っていた。私は真由の前に鉄板を挟んで座り、看板娘の手さばきを見ていた。真由は上手にコテを使ってお好み焼きをひっくり返す。真由の前には何枚ものお好み焼きがいい匂いと音を立てて宙に舞うのを待っている。その手つきは慣れていて、何枚焼いても工場で作ったみたいに同じものが次々と仕上がる。
「お祝いされるのは真由の筈なのに『焼き放題』なの?」
「いいんだよ。私、こうやって食べてもらうの、好きなんだ」
 話しながらも手は止まらない。コテをハケに持ち変えて、今度はソースを塗りだした。
「いつも思うけど、真由は上手だね」
「まあね、これも家事の一部だから。でもね、焼く毎に出来上がりが違ってたらお客さんに出せないんだよ」
真由は大笑いした。感心されて喜んでいるが、これでも客に出すにはまだまだと父に言われていることを付け足した。
「へえ、十分美味しそうに見えるんだけどなぁ……」
 私は真由からコテを受け取って出来上がり第一号を網目に切り分けた。
「そういや帆那、昔お好み焼きをピザ切りしてお父さんに突っ込まれてたよね?」
「最初漫談口調で言われたから怒られたかと思ったよ」
「はははは、あれは怒ってるんじゃなくて『ノリツッコミ』って言うんだよ」
 店内には関西弁が聞こえる。真由のお父さんだ。私からは背中しか見えないけど、向かいにいる律っちゃんの両親が大笑いしている顔が見える。卯年の玖蔵さん、だからお店の名前が『玖兎』。真由と同様に大柄な見た目はキュートとは言えないけど、面白い性格はとってもキュートだ。友達のお父さんに言う言葉じゃないけれど。
「ねえ、真由」コテに乗せたご馳走を口に運んだ「高校でも水泳続けるよね?」
「私はそれしか取り柄ないからね……」
真由は小さく微笑んだあと一瞬の間を感じた。
「実はね、今日一着とれなかったら水泳辞めようと思ってたんだ」
 私は一応驚いた顔を見せた。その事は知っていたけど、真由から直接聞くのは初めてだったからだ。
「でもさ、みんなのお陰で続けることができそう。のんたんからも続けて欲しいって言われたよ」真由はひと呼吸置いて、私の顔を見た「クラブチームになかったこの空気が勝因だと思ってる」
 私もそうだよと答えようと思ったけど、その必要はなかった。というよりわざわざ言葉に出さない方が良いと感じた。
「帆那はどうなの?」
「うーん」お好み焼きが私の口の中で熱さに踊る「はひのふぉふぉふぁふぁら……わからないや」
「ふんふん『先の事だからわからない』のね」
 真由は笑いながらも私の言ったことがわかったようだ。
 小さな大会レベルで見れば私も活躍できるだろうけど、真由とは目指すレベルが全然違うのはお互いよく理解している。だから、私が水泳を続けたとしてもこの先同じ枠組みで泳ぐ事はないと思う。だけども今まで同じ立場で接してくれた真由には本当に感謝していると言いたかった。それもちゃんと読んでくれただろうか。
「あたしは真由には水泳を続けて欲しい。真由は私たちの代表だもん」
「じゃあ律っちゃんは……」真由の手が一瞬止まった。
 私はそれを見て周囲を見回した。律っちゃんとのんたんは店内の隅っこ、先生とお姉ちゃん、廉太郎君の一団を挟んだ向こうにいる。
「口止めされてたんだけどね。『勝ったら辞める』つもりみたいなんだ」
「そうだったんだ……。なんとなくそんな気がした」
「ビックリしないの?」
真由は手を止めずに微笑んだ。
「小学校の時は満足いかないと試合の後でも練習するような性格だったからさ……」
 ふと律っちゃんの方を見た。対角線上の向こうでのんたんと二人で食べながら喋っている。真由から私の知らない律っちゃんのエピソードを聞いて、私は少し嬉しくなった。
「やっと解放されたよ!」私はそんな目で囁きながら、隣に住む幼馴染みを見つめた。
「私、今日の事は忘れない。絶対」真由の目がしっかりと鋭く開いた「もっと頑張って大きな大会に出ても、このメンバーで勝てた事は……」
「それはあたしもだよ。頑張ってね、真由!」
 私たちにはまだわからないこの先、一つの基点はここにあるのだと確かめあうように、拳でタッチをした。

作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔