メドレーガールズ
律っちゃんは聖橋に少し遅れてスタート。そしてそのすぐ後に北原の村崎さんも飛び込んだ。この三人のうち誰かが一番に帰ってくるのはほぼ間違いない。
「ありがとう、みんな、ありがとう」
自力でプールから上がってきた真由は大きな身体で私とのんたんを囲んだ。去年果たせなかった無念が自分の中で果たせたこと、今までずっと引っ掛かっていたのがこの一言でわかった。
「真由、速かったよ」
「うん、かっこよかった」
今まで思い詰めてばかりで見ることが少なかった真由の笑顔が見られた。真由も真由で今まで辛かったのだろう。
50メートルのターン。律っちゃんが聖橋をかわして最初に到達したのがはっきり見えた。聖橋に続き北原中学の個人戦一位の村崎さんがすぐ後ろまで来ている。このまま逃げ切れるのか――。
私たち三人は、キャプテンが一番に帰ってくるのを信じた。今出来ることは仲間を、律っちゃんを信じることだ。そして誰が決めたわけでもないのに、最後のゴールの瞬間を見届ける私たち三人は自然に手を繋いでいた。
残り40、30、20メートルと来ても律っちゃんは一かき差を着けてリードを保っている。村崎さんは二番にターンした聖橋をかわしたが、浦風との差が縮まらない。
残り15メートル。村崎さんがいくらペースを上げてもこの距離ではもう追い付かない。そう判断したのは私だけでない、私の右手を握るのんたん、左手を握る真由の手の力が強くなったのがわかった。
「ねぇ、泣いていい?泣いていいかな?」
「て言うか帆那、もう泣いてんじゃん」
私は、律っちゃんが着実に私たちの方へ一番に戻って来ているのを見て既に我慢が出来なかった。答える真由の声も震えていた。
残り10メートル。差はキープしたままだ。会場の歓声が一際大きくなった。
9、8、7、6……
ほぼ倍速のカウントダウンが私の中にある記憶のスライドショーのスイッチを入れた。いろんな思い出が一度に押し寄せてフラッシュバックした。辛かったこと、楽しかったこと、そしてそれらは最後に汗か涙かわからない何かでにじんで見えた。我らがリーダーの律っちゃんはその靄から飛び出して来たかのように一番に帰って来たのがハッキリ見えた、自分でも信じられないくらいハッキリと。その瞬間、私の感情が一気に爆発した――。
大きな拍手が私たちを祝福する。夢だろうか、夢なんかじゃない。私は気が付けば、今まで支援してくれた先生や家族、後輩たちがいる観覧席の方へ両手を高々と挙げて「みんな、ありがとう」と叫んでいた。
終わってみれば全員が自己ベストを更新しての優勝だった。しかしルール上、個人記録としては第一泳者ののんたんしか認定されない。後で先生から聞いて知ったことだけど、それまでの個人記録を単純計算すると浦風中学は北原、聖橋に続いて三番手だったらしい。それでも私たちは勝てたのだ。もう一度勝負したら勝てるかどうかなんてわからない。気持ちが勝負を分けるのならばそうだったと思う。私たちが勝っていたと確信できる要素はそれくらいしか思い付かないからだ。
私たちは、一つになれた。そして束ねた一本の光の矢はその一瞬だけ煌めいた。どこよりも速く、どこよりも眩しく――。それでいいじゃん。
私たちは表彰状とトロフィー、そして今日のために作ったチームTシャツを手に、今まで優柔不断で世話を妬かせっぱなしだった私を導いてくれたすべての人に感謝し、それは言葉にはならず満面の笑顔になって現れた――。