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メドレーガールズ

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  一蓮托生



 大会の一週間前の日曜日、我々、浦風中学校女子水泳部の三年生の四人組は、ショッピングセンターのフードコートのテーブルを囲み、小さな女子会を開いていた。端から見ればただ駄弁っているだけのようだけど、これでも士気を高めるための立派な作戦会議だ。ちなみに、この会議は不定期に開かれる、場所はここだったり、朝練のない日の部室だったり、真由の家であるお好み焼き屋の『玖兎』だったり。基準は明確にはないけど、それぞれのお腹の空き具合とお小遣いで決められるのだ――。そんな成り行きで今日は近くのショッピングセンターで会議を開くことになり、みんな自分のお小遣いからポテトやドーナツ、スナック菓子等を買って、パーティー開けをしてテーブルを食べ物で埋めつくし、みんなで摘まみながら会議は進められた。


「ねえねえ、みんな」話を切り出したのは律っちゃんだ。「プレゲーム・チャントって知ってる?」
「チャント?」聞きなれない言葉に私が繰り返す。枕にプレゲームって言うから英語なんだろうけど、日本語にもありそうな響きの、チャントの意味がわからない
「うちの兄ちゃんがアメフト部なんだけど、大一番の試合直前に全員でするんだって」
「ふーん、で何をするの?そのチャントっての」
「それなら調べたらいいじゃない」
「さっすがぁー!」
のんたんは鞄からタブレットを出した。真由と私がテーブルの上を少し片付けたところにそれを置くと、のんたんは素早く検索を始めた。メカに強いのんたんは手際が良い。
「これのことかな?」
「そうそう、これよ」
 画面に映し出されたのは大学のアメフト部の試合前の風景だった。全員でハドルを組んで一斉に歌を歌い出し、最後に雄叫びをあげるというものだ。

「ね、ね、カッコいいでしょ?」いつになく律っちゃんのテンションが高い。
「『浦中ガールズ We're number one!』みたいな感じのやつね」
「カッコいいよ、だけど……」
「これが、何か?」
私と真由は律っちゃんの狙いがわからずに言葉が漏れた。
「するんだよ、私たちも。今度の試合で」
「えーっ、これを?」
「そう!」律っちゃんの目が爛々としてきた。誰も止められない律子ワールドの展開が始まる「そのまんまじゃなくて、こんな感じのやつ、もしくはもうちょっとアレンジしたのを試合の直前に会場で」
「うーん……」
 私と真由は具体的なイメージが思い付かず、即答できなかった。でも律っちゃんの気持ちとプレゲーム・チャントが何だかカッコいいのは理解できた。
「私は、やって……みたいな」そんな中で最初に賛同したのはのんたんだ「盛り上がりそうだよ」
いつも控えめな方なのに、これには興味を示したようだ。タブレットを弾きながら、アメフトだけでなく、ラグビーやバスケットボールなど、色んなスポーツにそんなパフォーマンスがあるよと調べた結果を説明した。
「多数決取るよ、賛成の人」
律っちゃんが決を取ると右手が二本、やや後れて真由の手が上がると、三人の視線が私に集中した。
「も、もちろんあたしもだよ……」
私の右手が上に動いた瞬間にこの案件は採用となった。
「具体的なものは後で決めるという事で決定ね」
 小さく拍手をしたのち、私たちの手は一斉に食べ物に伸びた。

「そういやさぁ、帆那」
 真由がハンバーガーをひとかじりしてから私に問い掛けてきた。
「何?」私もテーブルの上にパーティー開きされたポテトをつまみながら返事をした。
「Tシャツ出来た?」
「うん、出来たよ。じゃあ発表するね」
 去年もそうだったが、チームで揃いのTシャツを着てプールサイドまで入場するのは各チームの一つのパフォーマンスだ。今年は私がそれを作るのを担当することになり、今日集まったのは今年のTシャツを発表するためでもある。
「みんなぁ、これ見てよ」
 私は鞄に大事に畳んで持ってきた白地のTシャツを広げた。背中には筆で力強く書かれた

   一蓮托生 浦風中学校女子水泳部

のプリントがある。
「うわぁ、カッコいいじゃん」
 お姉ちゃんに頼んで書いてもらった「魂の一筆」、みんなはお姉ちゃんが高校の書道部に所属しているのを知っていて、背中に堂々と書かれた踊るような字を見てただ感心していた。自分のアピールなのか朱肉で捺された「玲奈」の角印もしっかりプリントされている。
「先生のOKは出た?」
「うん」私はドーナツに手を伸ばした「お姉ちゃんが先生に直接売り込んだって。ほら、三年生の時担任だったから」
 お姉ちゃんの話では水嶋先生は私たち水泳部の部員が言うほど厳しくないようで、実際にお姉ちゃんは先生のことを「香ちゃん」って呼んでいる。そんな話は度々するけど、普段プールで「香ちゃん」を見ている私たち四人には、それが本当なのか想像つかないし、本人に聞けるはずもない。
「じゃあこれも決まりってことね」
 全員の拍手でこの件は議長が決をとることなく採用された。私は用意したTシャツをそれぞれに配った。
「何で『一蓮托生』って言葉にしたの?」
「待ってました」私は得意気な顔をして紙にみんなの名前を並べて書いた。
「市田 望、蓮井帆那、新宅真由、志生野律子、これの……」みんなに説明しながら、名前の一文字にそれぞれマルを着けた
「市、蓮、宅、生……?」
「ははーん?」
「そういうことね!」
「ちょっと違うけど、『一蓮托生』私たちは運命共同体。四人で一つってことだよ」
「それってどういう意味?」
真由の言葉で一瞬会話が止まった。私もお姉ちゃんに聞くまで知らなかったから偉そうなことは言えないけど、ここは知ったかぶりだ。
「それも、調べたらいいよ」
「のんたんナイスフォロー」
「一蓮托生……、えーと」のんたんは眼鏡に手を当ててタブレットに表示された文字を読み上げた「 『結果はどうなろうと、行動や運命をともにすること』だって」
「ふーん、てことは『私たちは一つだ』ってことね?」
「まあそんなところ」
「何かチームで戦うぞって気分出てくるね」
「うんうん」


 それから私たち四人はそれぞれの水泳キャップの裏に仲間への思いを書き込んだ。一人一人から一人一人への激励、私は既にみんなを信じていたから自分に書かれたものは見なかった。大会が終わるまでとっておきたかったからだ。ちなみに、私は一人一人に贈る言葉が思い当たらなかったので、どれも同じ内容の言葉を書いた。私たちは一つだ。性格も経験も、そしてこれから進む道も違うけど、それでも私たちは一つだ――、それを自分なりに言いたかった。

 本番まであと一週間。私たちは水着を脱いでいる時も水泳のことを考えていた。寝ても覚めてもというのは正にこのことだ。プールを離れていても私たちはいつも一緒にいる。私たちの結束はどこにも負けない自信はあった――。こうしたプールを離れている時のまとまりも、チーム競技には大切であることに気付くのはもう少し先のことだ――。
作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔