メドレーガールズ
「みんな、今までよく頑張って来ました。今年は脱落者がいなかったのもみんなの協力の成果だと思っています」
大会全日、最後のミーティング。私たちは先生を囲んでプールサイドに座った。大会が始まってしまうと先生は運営に回ってしまうからだ。毎年練習の厳しさに付いて行けない人が出てくるが、今年は全員揃ってこの日を迎えた。私たち三年生の努力があったと披露があり、それには素直に喜んだ。
「顧問としてではなく、浦風中学校の卒業生としてみんなにお願いがあります。私が皆さんと同じ、中学生だった頃の私は、個人メドレーで優勝しました。でも、嬉しくなかったのね。それは何でだろう……、志生野」
律っちゃんは立ち上がった。
「リレーで勝てなかった、からですか?」
先生は頷いた。日頃の会話の中で出てくるので部員は知っている。
「私はね、水泳もチームでするものだと思うの。確かに記録を競い合うもんだけど、仲間の応援で力を得る事ってある。それをわかって欲しいし、大切にして欲しい」
去年のチームと較べて、総合タイムは大きく変わらないものの、今年は他校に速い選手が数名いるので、去年よりは状勢が厳しいでしょうと先生は見ていたようだ。
「今年はね、三年生の団結力と雰囲気が良かったので、先生はこれに賭けようと思いました」
先生は部員一人一人の顔を見ながら丁寧に話を続ける。
「トライアルの結果と違う選手をリレーに出したり、新宅妹にブレストの練習をするように言ったのもちゃんと意味がありました。市田の転校は予想外だったけどね……、蓮井!」
「はいっ!」私は反射的に跳び上がった。
「トライアル、どうだった?」
「はいっ、真美ちゃんが来るって聞いた時はドキッとしました、でも……」先生はずっと私の顔を見ている「あれがあったから真剣になれました!」
先生はその答えを待っていたかのように、ニコリとして頷いた。
「蓮井にはキツかったと思うけど、あれも作戦のうち、自分の力でレギュラー獲って、もっと自信持って欲しかったのよ。蓮井の平泳ぎは浦中一なんだから、もっと胸を張れ!いい?」
「はいッ!」
私はお腹の底から声を出した。嬉しかった。なぜなら、この二ヶ月私は悩みもしたし、いっぱい考え事もした。普段は人を褒めない先生がそう言ってくれるのを聞いて、それが間違いじゃなかったと確信できたからだ。
「新宅、志生野」
次に真由と律っちゃんが立ち上がった。我がチームのエース級の二人もリレー選手発表の時に種目変更を言い渡されたのだ。
「どうだった?今までを振り返って」
「最初はビックリしました。でも今になってみるとは、これで良かったと思います」
「志生野はどう?」
「自分を追い込む機会を与えてくれたような気がしました」
先生は立ち上がった二人を座るように促した。
「二人については直前まで迷ったけど、種目を変えて短い期間で集中させた方がいいと思ったのよ。これは賭けだったけど二人とも理解してくれたみたいね。自己ベストをかなり更新してるのが証拠よ」
先生が拍手をすると部員も拍手をした。この二人がチームを引っ張って来たことをみんなで讃えた。
「市田、次で最後だけど後悔ない?」
「はいっ!、でも……」元気な返事のあと、のんたんはクスッと笑った「負けたら後悔すると思います!」
先生もその笑顔につられて笑い出して拍手をすると、私たちも自然に手を叩いていた。
「市田は追い込まなくても家庭の事情で追い込まれることになったけど、現状とうまく付き合っていると思います。冗談が言えたら上等だよ、感心感心」
円陣に改めて拍手が沸き起こり、そして静かになると、先生は一人一人の顔を見て全員に注目するよう指示をした。
「最後にね、勝つために大切な話をするね。みんな、『ウサギとカメ』の童話知ってるわよね?」
全員が首を縦に振った。当然私も知っている。
「カメが勝ってウサギが負けたのだろう、何でかわかる?えーと……、新宅どう思う?」
真由が立ち上がった。
「わ、わかりません」
「誰かわかる人いる?」小さな笑いの中で先生は手を挙げて、誰かが挙手するのを促したけど緊張しているのか、誰も手を挙げる人はいなかった。
「答えを言うと、見てる目標が違うのよ。ウサギはゴールを見ずにカメを見たから負けたのよ。んで……私たちの目標は?志生野」
「一番でゴールに戻ってくることです」
「その通り。私が言っておきたいのは、ウサギも力を出さなければ負けるって事よ。北中だろうが聖橋だろうが、一番獲るなら相手に勝つとか負けるとか考えないこと!前を見ろ、自分に勝て!たとえ相手が地力で勝っていても、気持ちで勝れば相手は焦る、一つになれ!そしたら相手は100パーセントの力が出せなくなる」
先生の声がいつになく大きい、気持ちが入ってるのが伝わって来る。
「一人一人では完璧でなくても、まとまれば強くなれる。今年の浦中はその点ではどこにも負けていないと思っています。団結――、浦中が勝つ唯一の方法と思っています、希望は与えてくれるんじゃない、自分で手繰り寄せるんだ!そして最高の青春を送って下さい。以上!」
「整れーつ!」
律っちゃんが号令を掛けるといつもならここで整列するのだけど、私たちは予定していた通り、のんたんと真由が先生の両肩を取り、キャプテンの律っちゃんを中心に円陣を組んだ。これには先生も驚いた様子だったけど、抵抗する様子は全くなかった。
「水嶋先生、三年生のみんな、そして後輩のみんな」
輪の中心にいる律っちゃんが喋り始めると円陣は急に静かになり、全員が頭のシニヨンに集中した。
「今までありがとうございました。私たちは明日、先生には最高の答えを、仲間には最高の結束力を、後輩たちには最高の生きざまを見せます」
セリフがちょっと男前だけど、律っちゃんらしい力強い言葉だ。組まれた円陣は一斉に中腰になり再び静かになると、律っちゃんは右手の人差し指を高々と上にあげ、大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「浦中ガールズ!」
「We're number one!」
律っちゃんに続いて全員で叫ぶと同時に円陣が解けた。私たちの最初で最後の晴れ舞台はすべて整った。目線の先に見える試合会場、私はそこに自分の分身を泳がせてみた。するとその分身は一人、煌めきながら100メートルというそう長くない距離を泳ぎきった――。
「待ってろ、絶対勝ってやる!」
大会本番まであと1日――
いよいよ明日だ。
メドレーガールズ 第三章 終わり