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メドレーガールズ

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 律子は自分の部屋で仰向けに寝転がり、鉄アレイを持ってトレーニングをしていた。リレーに出るのは予想していたバタフライではなく自由形、元々どちらの泳法でも良かったのだが、一本に絞ることとなり彼女なりに対策を考えて、家の中でも気持ちを途切れさせない努力を続けていた。エアコンも入れず、汗だくになりながらも手を止めずにからだを苛めていた。
「律子ぉ」
 襖が突然開いた。汗だくの律子が顔を上げると、兄の廉太郎が涼しそうな顔で妹の顔を見下ろしていた「何やってんだ?」
「見りゃわかるでしょ」律子は寝転がったまま上を向いて、逆さ向きの兄を見上げた「入る時はちゃんと声かけてよね」
「ああ、わりいわりい」廉太郎は笑いながら右手に持っていたアイスクリームを律子に差し出した「これ、食うか?」
「……今はいい。筋トレ終わってからにする」
「自分に厳しいのは相変わらずだな」
廉太郎はそう言いながら律子の椅子に座り込んだ。
「玲奈ちゃんから聞いたぞ、フリーで出るらしいな」
「そうなんだ、自分でもビックリだよ」
「まあ律子らしくていいんじゃね?」
兄も水泳部の先輩として後輩の状況には興味がある。選手の発表があったその日に、おとなりの帆那の姉である玲奈から話を聞いて最初はビックリしたが、いろんな人から話を聞くうちに先生が律子をアンカーにした意図がわかるような気がした。
「どういうことさ?『らしい』ってのは」律子は手を止めずに兄の質問に答えた。
「最後はメンタル勝負なんだ。ハートの強い奴を最後に選んだんじゃないか?」
 廉太郎は妹がかなりの負けず嫌いで、相手と競ると力を出し、チームメイトの真由はプレッシャーを与えない方が伸びることもよく知っている。
「兄ちゃんにずっと聞きたかったこと、あるんだ」律子は鉄アレイをゆっくりと畳の上に置いた
「兄ちゃんは何で水泳辞めたの?」
「え、俺か?」
 律子が試合本番の前にどうしても確認したかったことだ。大きな目標だった兄がなぜ水泳を辞めたのか。
 律子は廉太郎が高校でも水泳を続けるものと思っていたが、高校で水泳を続けることなく今はアメフト部に所属していて、律子も詳しくはわからないがラインの選手としてそこそこ活躍しているようだ。しかし、妹から見れば結局目標としていた兄に勝ち逃げされた感じはあれからずっと拭いきれずにあった。
「強いて言えば、好きだったから辞めた……かな?」
「好きなのに辞めるの?」律子はバネの効いた身体をピョンと起こした「意味わかんないよ」
 律子は少し驚いた。廉太郎が中学の時、部員が三人しかおらず個人戦しか出られなかった無念を知っている。なのに「好きだったから辞めた」と自分では思いもしないことを言うからだ。
「何てんだろう、このまま高校で水泳続けたら水泳嫌いになると思ったんだよ」
 廉太郎は畳に置いた鉄アレイをひょいと拾い上げ、素早く腕を回し出した。まるでオモチャを持っているように軽々と動かしている。
「律子は水泳続けないのか?」
 律子は首を縦にも横にも振らなかったが、廉太郎は妹の質問の真意を理解したようだ。
「もったいないよ、律子は俺と違って素質は十分あるじゃん」
 小学生時分の同時期で較べれば、自分より妹の方が実績を残しているのはお互いに知っている。
「まだ辞めるって言ってないじゃん、リレーで勝ったら辞めようかって思うんだ」
「ほら、やっぱそうじゃんか」
思わず口が滑ってしまった。このままつけこまれると回答に困るので、律子は自分から質問した。
「兄ちゃんはなんで高校ではアメフト部に入ったのさ?」
 水泳は基本的に個人競技、アメフトは団体競技の最たるもの、この両極端とも言える転向の真意も日頃から聞きたかった。
「チーム全体でプレイしたいからかな」廉太郎は食べ終えたアイスクリームの棒をゴミ箱に投げ込むと、すっぽりと箱に吸い込まれるように入った。「個人じゃ限界がある。だけどチーム、そうだな『総合力』で勝つってのを味わいたい。アメフトはフィールドの選手だけでなく、それに携わる人みんなの『作品』なんだ」
 律子は兄と大学のアメフトを見に行ったことが何度かある。廉太郎のポジションは攻撃の時は基本的にボールに触れてはいけない。味方が前進するために道を作るのだ。とにかくアメフトにおけるラインは「チームのため」の最たるものだと言う。
「チームのため、かぁ」律子が呟く。
「中学の時はチーム組めなかったからなぁ」廉太郎は律子に鉄アレイを返した「律子はその点仲間がいていいじゃん。俺もあの時仲間がいたら続けたかもな……」
 兄は水泳から逃げたのではなかった。律子も水泳が好きだ、そして好きなまま卒業したい。そして廉太郎も勝つことの喜びを分かち合える仲間が欲しかったのだ。それは律子も同じだ。そしてそれは絶対に切り離す事は出来ないことだ。それは水嶋先生にも思いを伝えた。
 律子は一つの結論に至った。詰まるところは仲間がいることは素晴らしいということだ。律子は、廉太郎の気持ちを聞いて胸のつっかえが取れたような気がした。
「兄ちゃんの言う事でわかったよ。アタシやっぱリレーで勝ったら水泳辞めるよ」
「何でそうなんの?律子こそ意味わかんねえよ」
 妹の活躍を応援している兄は驚いた表情を見せるが、律子はニンマリと笑顔を見せた。
「好きなんだ、水泳、それとチームのみんなが。だから勝ったら辞めるんだよ」
 律子はそう言い終わらないうちに冷凍庫からアイスクリームを二本取り出して、ベランダに出て帆那を呼んだ。
作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔