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メドレーガールズ

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  負けたら、辞める



 悲鳴をあげながら水に入った時期はあっという間に去って行き、私達浦風中学校水泳部は来月の大会に向けての本格的な練習に入った。部室に貼った「大会まであと〇日」の掲示板の数字が小さくなるにつれ気分が高まる。期末試験も終わり、私達の前にある障害物は無くなった。あとは中学生活最後の短い夏を一日一日を大事にしながら、共に歩んだ仲間と最高のものを勝ち獲るべく前に進むだけだ。
 この大会が最後になってしまったのんたん、兄の悲願を変わって叶えるのに燃える律っちゃん、そしてこの大会を通して将来への弾みを付けたい真由――、私を除いた三人の思いにははそれぞれしっかりした理由がある。私は勝つことに理由はないけれど、私がベストを尽くすことでみんなの喜ぶ顔が見たい、強いて言えばそれが私が勝ちたい理由だ――。    

 ~ ~ ~

 浦風中学校では「不動のエース」としてチームの牽引役を担う真由であるが、所属するクラブチームではそれぞれの学校での調整に入る機会が多くなり、この時期は人が揃わない事がよくある。その中でも真由は皆勤のペースでクラブに通い、自分に厳しい注文をつけていた。自由形で出るつもりが突然のバタフライへの種目変更、真由は今までの気持ちを切り替えて、一から戻るつもりで練習することに決めた。学校での練習に参加出来ない事がたまにあるが律子たちの理解は得ている。クラブチームの中では今のところ実力で遅れを取っているが、中学校では部員との連携と信頼といった面では一歩も二歩も進んでいる。
 それだけではまだまだ足りない。真由は共に戦った仲間のため、そして自分を追い込むため、一つの大きな決意をもって次の大会に臨むこととした。


 今日はチームでのミーティングがあるので久々に三年生のメンバーが揃った。コーチもいなくなって彼女たちだけになると、上がる話題はやっぱり今度の大会の事だ――。
「今年は聖橋かな」
「いやいや、北原もあるって」
 北原中学の華枝と菜々子、聖橋学院のリサと梢は謙遜しながらお互いの調子を探りあっていた。個人戦では最有力候補の四人であるが、彼女たちも真由と同じようにチームとして勝ちたいと言う気持ちがあるのは言葉の節々に見えていた。
「真由はフリーで出るんでしょ?」
質問をしたのは梢だ。一応ここにいる者の現状を把握するために真由にも声をかけた。
「ううん、今年はバタで出るよ」
「へえ、そうなんだ」真由が自分と戦う事になったと聞いても梢は顔色一つ変えなかった「真由はてっきりフリーで出るものと思ってた」
「じゃあフリーは誰が出るの?」
華枝が質問する。フリーを泳ぐ彼女はそれはそれで気になるようだ。
「律っちゃんだよ。小学校の時ここにいた……」
「律っちゃんって志生野さんの事?」
 真由はこくりと頷いた。
「へぇ、律っちゃんまだ水泳続けてたんだ……」
真由を除く四人はかつてのチームメイトの名前を聞いて少し驚いた表情を見せた。
「ところで、真美ちゃんは出ないの?」
 次は背泳のリサが聞いて来た。もし真由が「そうだ」と言うことを期待しているのが顔に書いている。もし真美がリサと直接リレーで対決すれば聖橋は一泳で大幅リードが取れると言いたいのだろう。
「真美は、リレーには出ない。選考で負けたし」
 真美も一年生ながらそこそこ実力があることをよく知っている。その真美が予選落ちしたのだから四人はまた驚いた顔を見せた。自分の学校が優位だと思い込んでいたのが、対抗の一つとして考慮させるには充分な印象を与えたようだ。四人の話題がここにいない他の選手のダメ出しに変わった。真由はその輪から一歩身を退いた。負けたことで捨てたその考え方、四人がまだそんな話をしていることが残念に思えた。
「それとね私、このリレーで負けたら……」
 真由は聞きたくない話題を遮るように声を出しすと、嫌な会話がピタッと止まった。
「負けたら?」
「水泳――、辞める」
「真由、本気で言ってるの?」
 みんな驚いて真由を見た。現状を考えれば致命的な言葉に聞こえたのは言うまでもなかった。
「ええ」今までにないしっかりとした返事をした「私は、浦中の仲間となら心中しても惜しくない。それくらいの気がないと北中や聖橋には勝てないよ。みんなで誓ったんだ。『四人の力で一着獲る』って」 
 真由はそれ以上話をすると感情的になって抑えられなくなるので、そう言ってミーティングルームを後にした。その時どんな気持ちだったかは既に思い出せないくらいの気持ちだった。


「けっこう本気だったね、真由……」
「うん、速いのかな?他の選手が」
「律っちゃんもいるしね……」自由形の華枝は小学生の頃、同じくチームメイトだった律子には一度も勝った事がない苦い過去がよみがえった。
「真美ちゃんも選考漏れらしいし」
 苦手の平泳ぎはともかく、得意の背泳でも出られなかった真由の妹のデータを計算して、四人は浦風中学校の実力を測った。
「浦中も案外やるかもね」
――、一同沈黙。
「まっさっかぁー」
 全員が声を揃えて笑った。
 それでも自分達の優位に変わりない。真由が勝つために捨てた慢心がそう結論付けた。

作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔