メドレーガールズ
「望ぃ」
「お母さん……」
母が部屋に入ってきた。望は気分的に少し重くなった身体を起こす。
「大分悩んでるみたいね」母も望の額を見た。
「そうよね、やっと良いお友達と会えたもんね」
母はそう言いながら写真立てに手を伸ばした。全国あちこちで撮った家族の写真の中に一つだけ、女子四人で撮ったものがある。母が手にしたのはそのお気に入りだ。
転校が多かったので望の親友といえば水泳部のメンバーしかいない。小さい頃はいずれ転校するからと思い、また目立つことを好まない性格だったのもあって、自分から友達をつくる事は今までなかった。それだけにこの写真は望の大切な宝物であることは母もよく知っている。
「お母さんが私だったらどうする?」
選択する自由を与えられた望であるが、やっぱり聞かずにはいられなかった。この問題は家族を巻き込むのだ、意見は一人でも多い方がいい。
「どうだろう……」母はやさしく微笑んだ「望もいずれは親元を離れてお嫁に行くんだから、それが早くなるってことよ」
母は自分が日本に残ってもいいと言う。学校での人間関係を見ているからだろう。あくまで自分の望む選択をして欲しいのは顔でわかる。
「タイではちゃんと勉強とかできるのかな?」
「その辺は問題ないよ。お父さん、ちゃんと調べてたから」
しっかり者の父のことだから、教育の事については、日本に残る場合、タイに渡った場合、そして帰国後の状況まで考えているだろう事は二人もわかっていた。もし環境が整っていないところに行くのであれば自分を日本に留めていただろう。その父が問題ないというのだから、望の選択はさらに迷うところだ――。
「あれでもお父さんは望と睦のことはいつも気にかけてるのよ」母は写真立てを机に置いた「今度の大会は休み取ってでも見に行くって、タイへ行ったら見られないものね……」
普段は研究に没頭するあまり家にも帰らない事もある父。母と籠るための荷物を持って研究所まで配達に行ったものだ。その度に施設を見てはワクワクしたものだ。今もそうだが、子供ながらにお父さんはスゴい物を作っているんだと思っていた。
そんな父でも試験や試合の前にはメールでアドバイスをくれたり、イベントごとにはちゃんと都合を付けてくれる。日頃忙しくてもそれで安心出来た。一人日本に残るとそれがなくなってしまう。近くにお爺ちゃんとお婆ちゃんがいるけれど、それでは何かが足らない。そう考えると望に言い様のない虚無感が襲いかかり、いてもたってもいられなくなった。
「お母さん……」望はベッドから立ち上がったかと思うと母に抱きついた。
「おやおや」
家では頼もしいお姉ちゃん、学校でも水泳部の頭脳と呼ばれる存在は、作ろうとして出来たものではなく、しっかりとした基盤があるから出来たのだ。本当はどこか安心が出来るものが欲しくて仕方がなかった。
「私……、一人じゃ嫌だ」
望は怖れていた。自分が自分でなくなってしまう、今まで一緒に笑い合った仲間たちも離れてしまう、そんな気がしてならなかった。望の中で大きな選択肢は一つだけになった。
「望も辛かったんだね」
母に抱かれるのはいつ振りだろう。望はその頃に戻ったように手を離さなかった。母もそれを知って、娘の肩に優しく手を回した。
「大丈夫よ。それだけ気持ちがあったら、みんな分かってくれるわ」
望はタイへ行くことを決めた。今まで転校するのに悩んだ事や寂しいと思う事は一度もなかったのに、仲間が残念がる顔を思い浮かべると目から涙がポロポロと零れた――。