女神に恋した底辺の男
ここから観る夜景が好きでたまに一人で見にきている。右の方には微かに東京タ
ワーが見える。少し左に葛西の観覧車―下に運河、水面に揺れる光。悲しげに踊
る妖精のようである。飲み込まれそうな闇を覗き込み“落ちたら…”と想像して
震えがくる。
煙草をニ・三本ふかしてから帰る。
女神に恋した底辺の男
運河沿いのアパートに住んでいる。
10:00~22:00までピッキング工場で働いている。世の中的にワーキングプアなん
ていわれている。現代社会における犯罪者の巣窟のような場所である。テレビを
つけると派遣社員の雇用問題とか殺人事件とか派遣社員の話題がいっぱいである
。その真っ只中にいる俺はなんか優越感を覚える…が実感は無い…元々家族や他
人…世の中に不安や不満は無いからである。ただ言える事は自分は底辺にいると
いうことである。
精一杯の難しい事を考えて頭の中で議論しているのはヒマだからであって趣味も
なんに対して興味も無いからである。
自分で働いた金で生活していて休みは部屋から殆どでないけど他人との会話は嫌
じゃない過去に家庭内暴力も無い俺みたいな人間はなんていうんだろう…よくわ
かんないけどこれもニートの部類なのだろうか…。積極的に何かしないといけな
いみたいな雰囲気の社会だが、誰に迷惑をかけるでも無い俺みたいな人間はダメ
なのか…取り柄のないそれを自覚している人間って何すればいいんだろう。
:あっ裕樹だけど…今年は帰れそうだよ。おせち料理がたまには食べたくてさ
:急に言われてもなんも用意してないわよ
:兄貴は元気?
:知らないよ。あの子も連絡よこさないし…で、どうすんの?
:あぁ30日に帰るよ
久しぶりの母との電話だったが味気ない会話でありなんかめでたくなかった。
最終電車で最寄り駅に着いてから徒歩一時間かけて実家に帰ると母も義理の父も
いなかった―。
俺は義理の父の仕事用の軽トラックで近所の浜辺へ向かった。とっくのとうにカ
ウントダウンは終わっていて年末のテレビ番組に興味の無い俺は年明けの実感は
無くて、ただ日の出だけは見たかった。…なんとなく真っ暗な実家を見てたら日
の出だけは見たいと思い衝動的な行動をした。
海に続く道は真っ暗で海に着いても見渡す限り真っ暗な世界であった。
真っ暗な中…耳を澄まし波の音だけを聴きながら眠りに落ちた。
頭が痛くなるような寒さに目を覚ますと周りには人だかりが出来ていて日の出を
見に来た連中が騒いでいる。うぜーなと思いながら車から降りて分厚いジャケッ
トのジッパーを首元まで上げながら波打ち際まで向かった。
辺りは薄く白ばんできていて靄のような雲に光が照らされてきている。
デケー犬を連れた夫婦が幸せビームを出しながら通り過ぎてゆく…失恋日の出ツ
アーの女の子グループが写メを写し合っている。中学生のカップルが初々しく体
育座りしている。皆、今年の幸せを日の出に託そうとアホな信仰心全開である。
そんな事を思う俺が一番アホらしく誓うものも無いくせにここに来て情けなさを
感じながら人気の無い方へ歩いた…。
海藻が溜まって汚ならしい浜辺は人気は無く俺には丁度いいスポットであった。
俺は足を止めジッと日の出を待った。
詩的な発想はするが“美”を理解していない俺にとって海は動く直線でしかない
…。直線が地球の揺れで揺れている。好きなのは“あの橋”だけ…。
雲がオレンジに染まるに連れてなんだか後悔がジワジワと足元から身体に入り込
んできた。頭を出し、ただの直線が光の線になり雲に伸びる輝く翼を太陽が拡げ
―。
「なんだこの夜明けは…」
まるで、まるでまるでまるで…イヤッ例えが浮かばない―ただジッと見つめよう
。登るまで見つめさせていただこう…。
太陽は全身を出していきながら光の翼でごま塩のような観光者達を一人残らず包
んで行った。この海の日の出は、今年の日の出は“あっぱれ”であった。
痺れた足を交互にゆっくり動かしながら車へ向かう途中、なんども太陽へ頭を下
げた。そして一人で来た事を悔やんだ。周りの人を見ると「綺麗だったね。綺麗
だったね。綺麗だったね。綺麗だったね。」と口々に言っていた。日の出につい
ての他人の会話を耳にする度に「なんで俺は一人で来てしまったんだ!バッキャ
ロー!」と心で叫んでいた。痺れた足が憎かった。
俺はスーパーマーケットの“おせち料理”を食べてビールを飲んでたわいもない
会話を義理の父としてその日のうちにアパートへ帰った。
正月気分もすっかり消えてテレビを見ながらぼんやり過ごした。
「あの日の出は一人で見るべきじゃないよな…」
うとうとしながらコタツで寝た―。
夜勤長から「日にちを増やせないか?」と聞かれて俺は「時間なら増やせますけ
ど」と返した。夜勤長は少し考えてから「来週に返事するから」と言った。俺は
遠回しに断ったつもりだったのだが、翌週から時間が2時間増えた―。
仲間は…仲間というか会話の無い同僚達は何も言わずに俺の横を通り過ぎてゆく
、昨日まで同じ時間にタイムカードを押していた奴が残業しているのを見て彼ら
は何も感じないようだ。
俺は“滑車付きコンテナ”を器用に五台まとめて工場の裏に運んだ。途中に喫煙
席があるから、コンテナを置いて一服つけた。真っ暗な杉林を見ながら煙草を吸
っていると―。
「隣いいですか?」
声をかけられた。
振り返ると分厚いマフラーをした女の子が立っていた。
「はぁ、どうぞ…」
「ありがとうございます。夜勤の方ですか?」
「はぁそうっす」
女の子は明るい声で、この寒空に似合わない。暖かいというか心地よい声であっ
た。
「アタシは事務所なんだけどここの喫煙所が好きでいつも此処に来ちゃうんです
よ」
「周り暗いだけじゃないっすか…」
「今日は見えないけど星が綺麗だったり月が綺麗だったりしますよ」
「へぇ、じゃあ明日から見てみますよ」
「是非!」
あんまりゆっくりしていると時間を忘れてしまいそうだから仕事に戻った。振り
返らずにコンテナを第2倉庫まで運んだ。
「あんな可愛い娘が夜勤にはいるのか…あ、名前聞くの忘れた―名乗るのも忘れ
た」
やっぱりダメな奴だな俺ってさぁ。
ひたすらコンテナを指定される場所に運んだ。身体を動かす分、時間が経つのが
早く感じた。あっとゆう間に二時間は過ぎた。
帰りに二階の事務所の灯りを見つめてしまった。
ほんの少し一日が楽しくなった。可愛い娘を見るだけで楽しくなんのはなんだろ
うな…。
この寒空の中…3月までに職を失う人は12000人位いるのに俺はほんの少し楽しみ
ができた。
俺は22:00まで無表情―22:00からは少し頬が弛んだ。あの喫煙所を通り過ぎる時
に彼女がいると俺に手を振って「頑張って」と言ってくれたりする。俺はうなず
くだけ…。周りは闇に包まれているが…俺だけの想いは闇にポツリとついたマッ
チの火に見えた。彼女がマッチの火のように美しく輝いて見えた。貧しい俺の精
一杯の例えである。
三週間くらいしたある日…彼女がイケメン社員と親しそうに楽しそうに会話して
ワーが見える。少し左に葛西の観覧車―下に運河、水面に揺れる光。悲しげに踊
る妖精のようである。飲み込まれそうな闇を覗き込み“落ちたら…”と想像して
震えがくる。
煙草をニ・三本ふかしてから帰る。
女神に恋した底辺の男
運河沿いのアパートに住んでいる。
10:00~22:00までピッキング工場で働いている。世の中的にワーキングプアなん
ていわれている。現代社会における犯罪者の巣窟のような場所である。テレビを
つけると派遣社員の雇用問題とか殺人事件とか派遣社員の話題がいっぱいである
。その真っ只中にいる俺はなんか優越感を覚える…が実感は無い…元々家族や他
人…世の中に不安や不満は無いからである。ただ言える事は自分は底辺にいると
いうことである。
精一杯の難しい事を考えて頭の中で議論しているのはヒマだからであって趣味も
なんに対して興味も無いからである。
自分で働いた金で生活していて休みは部屋から殆どでないけど他人との会話は嫌
じゃない過去に家庭内暴力も無い俺みたいな人間はなんていうんだろう…よくわ
かんないけどこれもニートの部類なのだろうか…。積極的に何かしないといけな
いみたいな雰囲気の社会だが、誰に迷惑をかけるでも無い俺みたいな人間はダメ
なのか…取り柄のないそれを自覚している人間って何すればいいんだろう。
:あっ裕樹だけど…今年は帰れそうだよ。おせち料理がたまには食べたくてさ
:急に言われてもなんも用意してないわよ
:兄貴は元気?
:知らないよ。あの子も連絡よこさないし…で、どうすんの?
:あぁ30日に帰るよ
久しぶりの母との電話だったが味気ない会話でありなんかめでたくなかった。
最終電車で最寄り駅に着いてから徒歩一時間かけて実家に帰ると母も義理の父も
いなかった―。
俺は義理の父の仕事用の軽トラックで近所の浜辺へ向かった。とっくのとうにカ
ウントダウンは終わっていて年末のテレビ番組に興味の無い俺は年明けの実感は
無くて、ただ日の出だけは見たかった。…なんとなく真っ暗な実家を見てたら日
の出だけは見たいと思い衝動的な行動をした。
海に続く道は真っ暗で海に着いても見渡す限り真っ暗な世界であった。
真っ暗な中…耳を澄まし波の音だけを聴きながら眠りに落ちた。
頭が痛くなるような寒さに目を覚ますと周りには人だかりが出来ていて日の出を
見に来た連中が騒いでいる。うぜーなと思いながら車から降りて分厚いジャケッ
トのジッパーを首元まで上げながら波打ち際まで向かった。
辺りは薄く白ばんできていて靄のような雲に光が照らされてきている。
デケー犬を連れた夫婦が幸せビームを出しながら通り過ぎてゆく…失恋日の出ツ
アーの女の子グループが写メを写し合っている。中学生のカップルが初々しく体
育座りしている。皆、今年の幸せを日の出に託そうとアホな信仰心全開である。
そんな事を思う俺が一番アホらしく誓うものも無いくせにここに来て情けなさを
感じながら人気の無い方へ歩いた…。
海藻が溜まって汚ならしい浜辺は人気は無く俺には丁度いいスポットであった。
俺は足を止めジッと日の出を待った。
詩的な発想はするが“美”を理解していない俺にとって海は動く直線でしかない
…。直線が地球の揺れで揺れている。好きなのは“あの橋”だけ…。
雲がオレンジに染まるに連れてなんだか後悔がジワジワと足元から身体に入り込
んできた。頭を出し、ただの直線が光の線になり雲に伸びる輝く翼を太陽が拡げ
―。
「なんだこの夜明けは…」
まるで、まるでまるでまるで…イヤッ例えが浮かばない―ただジッと見つめよう
。登るまで見つめさせていただこう…。
太陽は全身を出していきながら光の翼でごま塩のような観光者達を一人残らず包
んで行った。この海の日の出は、今年の日の出は“あっぱれ”であった。
痺れた足を交互にゆっくり動かしながら車へ向かう途中、なんども太陽へ頭を下
げた。そして一人で来た事を悔やんだ。周りの人を見ると「綺麗だったね。綺麗
だったね。綺麗だったね。綺麗だったね。」と口々に言っていた。日の出につい
ての他人の会話を耳にする度に「なんで俺は一人で来てしまったんだ!バッキャ
ロー!」と心で叫んでいた。痺れた足が憎かった。
俺はスーパーマーケットの“おせち料理”を食べてビールを飲んでたわいもない
会話を義理の父としてその日のうちにアパートへ帰った。
正月気分もすっかり消えてテレビを見ながらぼんやり過ごした。
「あの日の出は一人で見るべきじゃないよな…」
うとうとしながらコタツで寝た―。
夜勤長から「日にちを増やせないか?」と聞かれて俺は「時間なら増やせますけ
ど」と返した。夜勤長は少し考えてから「来週に返事するから」と言った。俺は
遠回しに断ったつもりだったのだが、翌週から時間が2時間増えた―。
仲間は…仲間というか会話の無い同僚達は何も言わずに俺の横を通り過ぎてゆく
、昨日まで同じ時間にタイムカードを押していた奴が残業しているのを見て彼ら
は何も感じないようだ。
俺は“滑車付きコンテナ”を器用に五台まとめて工場の裏に運んだ。途中に喫煙
席があるから、コンテナを置いて一服つけた。真っ暗な杉林を見ながら煙草を吸
っていると―。
「隣いいですか?」
声をかけられた。
振り返ると分厚いマフラーをした女の子が立っていた。
「はぁ、どうぞ…」
「ありがとうございます。夜勤の方ですか?」
「はぁそうっす」
女の子は明るい声で、この寒空に似合わない。暖かいというか心地よい声であっ
た。
「アタシは事務所なんだけどここの喫煙所が好きでいつも此処に来ちゃうんです
よ」
「周り暗いだけじゃないっすか…」
「今日は見えないけど星が綺麗だったり月が綺麗だったりしますよ」
「へぇ、じゃあ明日から見てみますよ」
「是非!」
あんまりゆっくりしていると時間を忘れてしまいそうだから仕事に戻った。振り
返らずにコンテナを第2倉庫まで運んだ。
「あんな可愛い娘が夜勤にはいるのか…あ、名前聞くの忘れた―名乗るのも忘れ
た」
やっぱりダメな奴だな俺ってさぁ。
ひたすらコンテナを指定される場所に運んだ。身体を動かす分、時間が経つのが
早く感じた。あっとゆう間に二時間は過ぎた。
帰りに二階の事務所の灯りを見つめてしまった。
ほんの少し一日が楽しくなった。可愛い娘を見るだけで楽しくなんのはなんだろ
うな…。
この寒空の中…3月までに職を失う人は12000人位いるのに俺はほんの少し楽しみ
ができた。
俺は22:00まで無表情―22:00からは少し頬が弛んだ。あの喫煙所を通り過ぎる時
に彼女がいると俺に手を振って「頑張って」と言ってくれたりする。俺はうなず
くだけ…。周りは闇に包まれているが…俺だけの想いは闇にポツリとついたマッ
チの火に見えた。彼女がマッチの火のように美しく輝いて見えた。貧しい俺の精
一杯の例えである。
三週間くらいしたある日…彼女がイケメン社員と親しそうに楽しそうに会話して
作品名:女神に恋した底辺の男 作家名:スタイルクエスト