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短編集『ホッとする話』

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   忘れられない味 後編


 副題 美味しかった味

 地元に帰る日が決定した。故郷を離れてもう三年。もう三年が経っていたのか、いや、あっという間の三年だったのか。時間の長さはいつだって変わらないのに、全く同じ期間を振り替えって長くも思うし短くも思う、不思議なものだ――。

 三年前の今ごろ、言い渡されたのは昇進というありがたい辞令書と、三年の派遣を命ずるありがたくない辞令書。断ることもできた。身上でいえばその時生まれたばかりの長女がいたので、今住んでいるところから離れるのは勘弁願いたいということができた。今まで仕事について相談などしたことなかったのに初めて妻と相談した。
「断るのも一手、単身赴任も一手」
 上司には一週間の猶予をいただき最後に出した回答は、家族一緒での郡部への派遣。決め手は妻の一言だった。

  「この子の成長をそばで
   見たいんでしょ」

 そんなわけで僕達は結局は家族で知らない町に赴任することになった。出世の欲はないけど、仕事ができないと思われるのが嫌だ。何よりも家族の後押しがあったから、敢えて未知の分野に家族もろとも飛び込むことを決めたのだった。一緒に来てくれた家族には感謝している。単身赴任していたらケツを割って帰ってきたかもしれない。

   * * * 

 一年で良いことというのも悪いことは同じだけやって来ると言ったのは妻の言葉だ。ただ、年によってそれは多かったり少なかったり、振り子のように善悪を両極端に僕らの運命というものは行ったり来たりする。今にして思えばその年は生きてきた中で一番振れ幅の大きい一年だったと思うのは我が家の共通事項だ。
 出張先で越年という最悪の正月、そこで出張先から妻に電話をしたところ、第一子の懐妊という知らせを聞いた。辛い出張が一言で癒された。
 しかし、それからすぐに祖母が亡くなった。妻のお腹に待ち焦がれていた初のひ孫がいることを知っていたのに、その顔を見ることはできなかった。良い年になると思ってた矢先の出来事だった。

 妻の言うように、一年で良いことというのも悪いことは同じだけやって来る。

 その年の夏、狭き関門であった昇進試験をパスしてその後無事に長女が生まれて僕は父になった。僕が昇進できたのも、長女が無事に生まれたのも、祖母が命と引き換えに身代わりになって守ってくれたものだと僕は今でも信じている。娘の名前に祖母から名前を一音だけいただいたのは、僕ができなかった感謝の印だ。
 そしてその年の下旬、長年生まれ育った故郷を離れて全く知らない地方に派遣されることになった。良いことと悪いことは同じだけやって来る。僕は派遣を受け入れることはいずれ自分と家族に還元される、そう信じていた――。