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短編集『ホッとする話』

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二三 八回裏の攻防



 満場のグラウンド、ギラギラ光る太陽。八回裏ノーアウト一、三塁。均衡が破れんとする絶体絶命のピンチ。初回から毎回ランナーを抱えながらも何とか乗りきってきたナインを監督はベンチから見守っていた。

 実力差は明らか。それでも点差だけを見れば互角の戦いに、観客もまさかのアップセットを期待しているのか、球場は今までにない異様な盛り上がりを見せていた。

 監督は伝令をマウンドに送り、外野には直接指示を出す。内野は前進守備のバックホーム体勢。
「センター前進、二塁の後ろ。レフトはライン寄り」
指揮官のサインで外野も守備位置を整えた。
 打者は小柄な九番バッター、ここはスクイズが予想される。そんな中でも一塁ランナーが揺さぶりをかけて走ってもセンターで対応する周到さ。今の実力差では点を取られれば負けだ。プロも注目する相手のあのピッチャーでは、最後に残された九回に二点を取るのは難しい。

「いいぞ、コースは――だぞ!」
ハドルが解けると監督はそう叫んでマウンドに立つピッチャーに最後のサインを送ると、ここまで耐え抜いたエースは小さく頷く。プレイ再開。球審の手が上がった。

   * * *

 ピッチャーはセットポジションを取り大きく深呼吸。ランナーのことは考えず、足を上げて外角に構えたミットに向けて腕を振り上げると、目の前のランナーが走りだし、前を見るとバッターはバットを横に持とうとする姿が見えた。
 今さらコースは外せない。サードがスクイズに気づいて前に出ている。ピッチャーは仲間を信じて運命の一球を放り込んだ――。

 しかし……

 ボールがリリースされた瞬間、バントの構えは戻された、
「しまった!バスターか」
裏をかいて強行策に出た。慌てて動きを変える野手を嘲笑うかのように、スイングしたバットは白球を捉えた。

   カキーーン!

 打球は前進守備を取っていた三遊間後方の誰もいないところを舞い上がった。そして球は風に乗せられ三塁線の方へ、しかしこの弾道ではファウルにはなりそうにない。
「万事休すか……」

 この時、レフトを守っていた選手が全速力でボールに向かって前進した。これまでの疲労を忘れたかのように、足がちぎれてでもボールに食らい付かん形相でダッシュし、最後の一歩、内野と外野の境界線付近地面すれすれのボールにグラブを伸ばし、野手と観客が見守る中決死のダイブを試みた!

   ズッサーーン

 その瞬間、九人のの野手が条件反射のように身体が自然に反応した。
「頼むッ!」
 レフトのグラブトスをそばにいたショートがボールを預り、三塁に戻ってきたサードに送球。
「オッケー、行くぞッ!」
そしてサードは矢のような送球を一塁に投げた。ファーストのミットにボールが収まった瞬間、審判の手が上がると球場内にどよめきが起こった。