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ワルツ ~二十歳の頃~

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ワルツ2



「くさいなあ」と同居人のヒデが部屋に入るなり言った。
 俺は、カラーボックスの前に置いてある目覚まし時計を見た。六畳一間に小さなキッチン。そこに二人の荷物を置いてあるのだが、二人と持ち物が少ないので生活して行けるのだろう。まだ二人とも二十歳を過ぎたばかりでお金も余り無い。それで共同生活を始めたのだ。その前は会社の二階が寮で、そこに住んでいたのでその延長のようなものだった。時代は昭和四十年代に入ったばかりで、独身男性の持ち物は寝具と少しの衣服、それにレコードや本など趣味のものが少しだけシンプルなものである。
「ああ、もうこんな時間か、バイトに行く時間だ。」そう言って、描きかけの油絵を片付け始めた。俺にはいい匂いとも感じるテレビン油だが、ヒデは嫌いらしい。
 ヒデと二人で共同生活を始めて、もう半年になる。大手印刷会社の下請け仕事をしている会社を一週間違いで辞めて、ヒデは同業の別会社に勤めている。俺はアルバイトをしながら絵の学校に通っていて、アルバイトが夕方からということが多かった。今日みたいに二人で顔を合わせるのもたまにある程度だ。
「何だ、会社から真っ直ぐに帰ってきたのか」
 俺はバイトに行く支度をしながら聞いた。
「ああ、パチンコ屋に入ったが、あっという間に千円すって帰ってきた。もうあまりお金が残っていない。」
 ヒデは袋から食パンを取り出しながら不機嫌そうに言った。揚げ物の臭いもしている。
鳥の空揚げを小さな卓袱台にのせてそれが夕食らしい。俺はヒデに借金をしているので、お金の話を続けたくなかった。
「おお、いい匂いだな」そう言うと紙袋に入った空揚げを一つ失敬して、ヒデが文句を言う声に押されるように部屋を出た。
 少しだけ食べてしまったので、かえって空腹感が出てしまった。駅前の立ち食いそば屋からかつおダシのいい匂いがしている。「ガマンガマン」そうつぶやきながら改札を通る。これから行くバイト先は大きな中華料理店である。そこで皿洗いしながら、残り物のつまみ食いをしている。貧乏な身にはピッタリのバイトだった。
 電車に乗ると、通勤帰りと逆方向のため、席は空いていた。坐っていつもの通り乗客を見回す。つい若い女の子を探してしまう。俺とヒデは二人とも彼女はいない。俺はともかくヒデは長身で、優しそうなのでもてるのかと思うのだが、気が弱くてアタックできないのかもしれない。俺は小太りで美男子とは言えない。まあバイト先のおばちゃんには可愛がられているのだが、若い子にはもてない。目下の悩みというか望みは彼女を見つけることと、絵の公募展に入選することで、これははっきりしている。
 高校の美術部では何度か賞を貰った。その美術部でクラスは違ったがそんなに目立たなかった同期の鈴木が二科展に入選したのはショックだった。いつ応募したのだろう。俺より下と思っていたのが、と、しばらくの間、そのことが頭を離れなかった。