ワルツ ~二十歳の頃~
会社の夏休みに晴香は郷里へ行って、俺はその間パチンコ店でだらだらと過ごしていた。
軍艦マーチはもう終わって、流行の歌が流れている。店内放送が、射幸心をあおるように○番台に追加と叫んでいる。次々と飛び出してはね回る銀色の玉を見ながら、俺は晴香との約二ヶ月を思い出していた。初めてのことを色々と経験し、話しあい、笑いあった日々。泥沼から這い出た気分だった日々。すべてが当たり前なんだと錯覚してきた日々。
このパチンコ店もデート中にトイレを借りに入ったことがあった。俺が用を済ませて帰ると、晴香は景品が並んでいるコーナーにいた。この店はスーパーのように、玉数を書いた札と一緒に景品が並んでいて、自分で手にとれる。晴香はパチンコ店を出ると、俺に何かを手渡した。
「はい、あげる」
それは、小さなネズミの人形だった。
「どうしたの、これ?」
「いいから。かわいいでしょ?」
俺はそれをしばらく見て、ポケットにしまった。しばらく歩いて思い出すと、人形はパチンコ店の景品にあったような気がして、複雑な嬉しさを胸に歩いた。
俺はあの時のことを思い出し、ちらっと景品のコーナーを見た。そこは雑然としていて確認は出来なかった。
「まあ、いいや、そんなこと」
俺はまた、パチンコ台に向かった。
あの柔らかい唇の感触を思い出していた。そして少し悲しみを感じる胸を。それだけなのだろうか。晴香に感じることは。
俺は自分が冷たい男だと思ったことは無かった。でも、あれ? なぜ、夏休みに一緒にどこかへ行こうと誘わなかったのだろう。晴香は何かほのめかしていたような気がする。俺がはっきりしないものだから、晴香は郷里へ行ったのだ。多分、俺との関係を見直そうとして。そして訣別するために。その考えは俺の中で、次第に自虐的に確率が高まっていった。
いつの間にか、俺はうぬぼれていた。惚れた相手が自分に色々としてくれるのだという気持ちがあった。パチンコ店であらためて自分を見直すなんて、また自分らしいとも感じて、苦笑した。自分を笑った筈なのに目の端に涙が溢れてくるのを感じた。
店内放送では切ない声で別れを歌った音楽が流れている。まだ晴香との別れが来た訳でもないのにもう別れて何日も経ったような気もした。
俺はパチンコ店で長い夢を見ていたような気分になった。晴香との出会いから、自分が今ここで一人でパチンコをしているまでの夢を。
受け皿に充実感とともにいっぱいあった玉が、どんどん減っていって、もう情けない状態になった。店内はかなりの騒音なのに、俺の耳には別れの歌が心にしみて聞こえてくる。この歌はこんなに心に響く歌だったのかと、少し何かが解った気がした。晴香の望んでいる男になるのは、まだまだ時間がかかりだろう。そして晴香はもう結論を出しているだろうということを漠然と感じていた。
ころころと銀色の最後の玉が吸い込まれて行った。
♪流れてそして君
ボロボロになるのだや君
夢は 果てなく宙を舞い
雲みたいに漠々とあるのだや
生きても生きてもワルツ
死んでも死んでもワルツ
出会いも出会いもワルツ
別れも別れもワルツ
作品名:ワルツ ~二十歳の頃~ 作家名:伊達梁川