ワルツ ~二十歳の頃~
ワルツ3
「女を抱いたことがあるか?」
九州男児の島津は少しなまりを残した言葉で言った。言った後で、少し照れくさそうに「いや、その単純に抱きしめるということだが」と付け加えた。まだ中学生と高校生が残っていますという顔で、ほっぺたが赤く雪国の出身かとみえる。俺と同じ二十歳になったばかりだった。共に高卒で水道橋の印刷会社で働いている。オレは東北出身だが、まゆ毛が太く顔のパーツが大きく、島津と反対に九州の出身ですかと聞かれることもあった。
「いや、無い」
オレはそっけなく答えた。島津の質問した態度からみると、最近女を抱きしめたのだろう。それを自慢したいのか、はたまた何か疑問が生じたのだろうか。残念ながらまだ女の子と付きあった事はもちろん、風俗にも行ったこともなかった。
「島津はあるのか?」
なりゆきでそう質問したものの、自分が女性の経験があるならともかく、手も握ったことがないのにそれを聞くのも馬鹿馬鹿しいし、羨ましくもあった。
「内緒だよ」
島津は声を辺りを見回した。たまたま二人で残業になってしまったので、会社には誰もいない。それでも島津は声をひそめて、話しだした。
「昨日、事務の原田さんと一緒に帰ったんだよ。夕食を誘われて中華料理を食べながらビールを飲んだんだ」
島津は自分がもしかしたら、自分はもてるんじゃないかということを再発見したかのように、ちょっとだけ得意そうに胸をそらしている。
「ふーん、それで」
俺は確か二つくらい歳上の原田という女性を思い浮かべながら相槌を打つ。原田はごく普通の顔で、十年後も二十年後の顔も想像がつくという感じの女性だった。
「それから、駅に向かう途中にほら学校があるだろ。あそこの前が少し暗がりがあるんだよ。」
そこで島津が話を切った。思い出しているのか話の効果を上げるために、そこで切ったのか分からない。
「うん、知ってるよ」
ここまで聞いた以上、話を続けて貰わなくては気分がよくないじゃないかと思いながら俺は島津に促した。もう仕事も終わったし、後は戸締まりをして帰るだけだ。
「原田さんが、急に歩くのを止めたんで、俺がどうしたのかと振り返ると、じっとこっちを見てるんだよ。光ってんだよ目が。俺はドキッとしたよ。」
島津は、そこでまた話を切った。俺はたぶん街路灯の光がその目に光を帯びさせていたのだろうと思った。この話はオカルトになるのだろうかという思いがチラッと頭に浮かび、少しだけ身体がヒヤッとした。
「原田さんが、聞き取れないような声で何か言っているので近づいて顔を寄せたら、抱いてって言われたんだ」
島津がそこで少し身をくねらせるようにしながら話を続けた。
「俺も酔ってたんで、抱いたわけよ。背中に手を回して、あっこんなに柔らかいんだという感じがした。それから手がお尻のほうへゆきそうになるのを抑えて、純愛のようにさ。しばらくして、原田さんはもっと強くと言うんで、どのくらい力を入れればいいのだろう何て考えながら力を入れたら身体が不安定になって、足ががくがくしてきたよ」
作品名:ワルツ ~二十歳の頃~ 作家名:伊達梁川