Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ
心配しているのは本当だろうが、ティリーの場合大袈裟に言っているだけなので適当に相槌を打っておく。すると、ティリーは気をよくしたのかよどみなく話を続けた。
「スミルナに流れ着いたということは、かなり長い間内海で漂流していたということでしょう? その上牢屋暮らしなんて、きっと衰弱していますわね」
「そうね」
「速く救出しないといけませんわね。せめてこの洞窟から地下牢に行けたらいいんですけど」
「そうね」
そこで、ティリーは口を閉じた。何を思ったのかリゼの顔を覗き込もうとするかのように首を傾げ、じいっとこちらを見つめている。何をしたいのかと眉をひそめていると、ティリーは不意に尋ねてきた。
「リゼ。貴女、アルベルトとゼノのことを心配していませんの?」
なんでそれを訊くんだ、とリゼは思った。心配していようとしていまいと、ティリーには関係ないだろう。だが、黙ったままだとそれはそれでうるさいので、仕方なく答える。
「それなりにはしてるけど、とりあえず生きていることも居場所も分かっているんだから、無事かも居場所もはっきりしていないシリルの方が気になるわね。悪魔教徒の目的も」
「それなり、ねえ・・・・・・」
ティリーはそう呟いて身を引いた。
「悪魔堕ちした悪魔祓い師は火刑に処せられるんでしたわね。異教徒も」
「・・・・・・」
「シリルのことも大事ですけど、あの二人もいつ処刑されてしまうかわかりませんわね」
「・・・・・・・・・・・・」
「速く助けに行った方がいいと思いません? 居場所ははっきりしているんですから、シリルを捜す前にさくっと終わらせればいいんですわ」
「・・・・・・・・・・・・一理あるわね」
確かにそれは間違っていない。ただし、教会にばれず地下牢に入る方法を確保できたらの話だが。
「教会にばれた時に身動きが取り辛くなるから、ゼノとスターレンの救出はクロウを見つけた後にしようと決めたはずだが?」
後方から、キーネスの鋭い指摘が飛ぶ。勝手に予定を変えられてはかなわないと言いたげな口調だ。だがティリーは「言ってみただけですわ」とさらりと答えた。元から予定を変える気はなかったようだ。渋面を作ったキーネスから視線をそらし、ティリーはリゼの方に向き直る。
「そういえば、アルベルトはなんで貴女について行ってるんですの? アルヴィアにいる間は教会から逃げるためでしたけど、ミガーに行ってからわざわざ一緒にいる必要ありませんでしょ?」
ティリーは興味津々にそう問うた。それにリゼは溜息をついて、答える。
「わざわざ一緒にいるんじゃないわ。アルベルトが私が悪魔を滅ぼすのを手伝うとか言って、勝手について来てるだけ」
「・・・・・・はい?」
「全ての悪魔を滅ぼした時に、私が魔女じゃないと証明するための証人になる、とも言っていたわね」
「・・・・・・はあ、そういうことなんですのね・・・・・・」
納得したような、呆れたような、そんな微妙な声音でティリーは呟く。想定外だった――というより、予想そのまますぎて面白みがないとでも言いたげな様子だ。面白みを求められても困るのだが。
「まあいいですわ。それで、貴女はアルベルトのことをどう思ってるんですの?」
「・・・・・・はあ?」
突拍子もないことを言われて、リゼは眉を吊り上げた。いきなり何を訊くのだ。さっきから変な質問が多すぎる。リゼは呆れた目でティリーを見たが、その程度のことで彼女が堪えるはずもなく、
「ですから、悪魔を滅ぼすのを手伝うなんて言われて、貴女はどういうつもりで彼と一緒にいるんですの?」
「だから好きで一緒にいるんじゃないわよ。向こうが勝手についてくるって言ったでしょう」
「じゃあなんで勝手にさせてるんです? 貴女のことですから、悪魔祓い師なんて嫌いで信用してないんじゃないかと思っていたんですけど」
悪魔祓い師が嫌いで信用してないのはどっちだ。そう思ったが、言い返すと面倒なのでやめておく。
「悪魔祓い師は嫌いだし信用してないわよ。今でもね」
そう言って、リゼは視線を前に戻す。気配を感じ取れるくらいで、何も見えない闇の中を見据え、淡々と言葉を紡ぐ。
「ただアルベルト個人は好きでも嫌いでもないだけ。危険な目に合っているなら心配ぐらいはするわよ。でも、アルベルトもゼノも子供じゃないんだから、自分の面倒ぐらい見れるでしょう。しばらくの間ぐらいは」
教会に捕まっていることは確かに危機的状況と言える。拷問されるか処刑されるか。どちらにせよロクなことにならない。だが、アルベルトとゼノなら黙って捕まっているということはないだろう。どうにか脱出しようとするはずだ。
「――ま、あのお人好しが馬鹿正直に教会に突っかかってないかはかなり心配だけど」
今のスミルナは悪魔だらけだ。アルベルトのことだから、教会に悪魔教徒のことや悪魔憑きへの対処を進めるよう進言していることだろう。そのせいで余計なもめごとを起こしていないだろうか。そのせいで、酷い扱いを受ける羽目になっていないだろうか。余計なことをしていなければいいのだが。
そんなことを考えるリゼを見て、ティリーは目を細める。その動作に、リゼは眉を寄せた。
「だから何が言いたいのよ」
尖った声で詰問したが、ティリーはにやにや笑いを崩さない。灰色の瞳をきらきらさせて、じっとリゼに視線を注いでいる。
「いやあ面白いなと思いまして」
「・・・・・・何が面白いのよ」
「色々と。これは今後の経過を観察する必要がありそうですわね」
「何の話よ」
「こっちの話ですわ」
ティリーはしれっとそう言って、こちらの質問に答えようとしない。全く、ティリーの考えることはよく分からない。
「じゃれ合っている場合か」
すると、黙々と目印付けを進めていたキーネスが手の紙に目を落としたまま言った。地図作成(マッピング)は順調に進んでいるらしく、羊皮紙には簡素ながら見事な地図が出来ている。キーネスは線を一本引き終えると、顔を上げて渋面を作った。
「余計なお喋りをしている暇があったら悪魔教徒がいないかよく探せ」
「してますわよ。この一本道じゃ隠れようがありませんけどね」
今進んでいるこの場所はそこそこの広さはあるが、まっすぐな一本道でどうやっても隠れようがない。探せと言われても、カンテラで照らされた範囲内に悪魔教徒も魔物もいないのだ。単調な道のりを無言で歩むことはリゼにとってはなんてことないが、ティリーはそうでもないらしい。
「にしても、また地下ですのね。最近暗くて狭いところばかりで気が滅入りますわー」
軽く背のびをしながら、ティリーは飽き飽きとしたように言った。少し前はミガーの砂漠を砂馬(カメル)車で爆走していたのだから、必ずしも暗くて狭いところばかりにいたわけではないのだが、たびたび地下に潜っているのは事実だ。
「悪魔教は地下組織だ。文字通りの場所で活動しているんだろう。もっとも、本拠地は地下ではなく地上にある。そっちならいいのか?」
キーネスが皮肉げに言うと、ティリーは「まさか」と否定した。
「遠慮しますわ。ヘレル・ヴェン・サハルも暗いことに変わりはありませんもの。あそこは半分地獄だという話ですから」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ 作家名:紫苑