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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「彼の者を離れ、汝が出し深淵へ還れ。我は神の名において汝を砕き、汝を裁き、汝を打ち砕く。災いを齎すものよ。神の聖なる炎に焼かれ、灰燼と化せ」
 悪魔祓いはまだ始まったばかりだ。これからずっと悪魔が弱り果てるまで、祈りの文言を繰り返す。略式だからどれほどかかるか分からないが、集中が持つ限り続けなくてはならない。いや、悪魔を完全に祓えるまで。
 けれど、
「神の名において汝に断罪を――」
 ――ガアアアアアア!
 祈りが終わらないうちに少年が上げた咆哮が、形を成そうとしていた祓魔の術の力を完全に吹き飛ばした。咆哮は衝撃波となり、跪いて祈りをささげていたアルベルトに直撃する。弾き飛ばされて岩の上を転がったアルベルトは、打ち付けた頭部の痛みにも構わずすぐさま起き上がろうとした。
 しかしその瞬間、獣のように跳躍した少年が、アルベルトに掴みかかってきた。避けることもできず突き飛ばされ、倒れたところへ少年が覆いかぶさるようにのしかかってくる。少年の枯れ木のような手が首に巻きつき、万力のごとき力で締め上げてきた。
 ――ガアアアアア!
 少年は歯を剥き出しにし、人とは思えない声で咆哮した。肌はどす黒く染まり、両目はそれぞれ別々の方向を向いてせわしなく動き回っている。口からは涎が垂れ、赤黒い舌が蛇のように伸びた。締め上げてくる手を振りほどこうとしているうちに、少年の身体はみしみしと軋み、人でないものへと変形していく。背中の肉が盛り上がり、二つの瘤が出来上がっていく様子は、まるで翼を生やそうとしているかのようだ。
 ――ア、アクマバライシ・・・・・・コロス・・・・・・コロス・・・・・・!
 咆哮ではない意味ある言葉が発せられたと思ったら、首に回された手の力がさらに増した。息が出来ない。目の前で、ロザリオが少年の首に引っかかったままふらふらと揺れている。祈りの言葉さえ唱えられれば、悪魔を一時的に無力化することが出来るのに。
「アルベルト!」
 咆哮の衝撃波で同じく吹き飛ばされていたゼノが、何とか起き上がったのかこっちに駆け寄ってくる。だが、その姿は少し小さい。それほど遠くに弾き飛ばされたのか。ゼノが少年を引き剥がしてくれれば祈りの言葉を唱えられるが、あの距離では間に合わない。呼吸が出来ず、どんどん意識は薄れていく。
 ――コロス・・・・・・コロス・・・・・・!
 少年は――いや、悪魔は濁った咆哮を響かせると、肉の翼を広げて先端をアルベルトに向けた。血の滴るそこからは、鋭利な骨の槍が生えている。
 ――シネエエエエエエエッ!
 悪魔は叫ぶと、アルベルトの頭部めがけて、翼の先端が振り下ろした。骨の槍は鋭く長く、人の頭など容易に貫いてしまうだろう。悪魔は吠える。憎き悪魔祓い師を殺そうと。
 ――・・・・・・グアアアアアアッ!
 槍に貫かれる前に、アルベルトはようやく剣を抜き放ち、悪魔の腕と翼を斬り裂いた。細い腕は容易に断ち切られ、悪魔は耳障りな叫び声を上げる。黒い血が飛散し、斬り離された翼の一部が落下してべちゃりと音を立てた。
 悪魔は血を撒き散らしながら、それでも牙を剥き怒りの声を上げる。赤く染まった目を向けて、悪魔はアルベルトに襲い掛かり――
 その心臓を、アルベルトの剣が貫いた。
「神、よ、我に祝福を。汝は我が、盾、我が剣、なり。その栄光は世々に、限りなく、あまねく、地を照らす――」
 喉に食い込んだ指を引き剥がし、切れ切れに祈りの言葉を唱える。悪魔は苦しげにもがき逃れようとしたが、腕が失われているため我が身から剣を引き抜くことが出来ないでいる。悪魔がもがいている間に、アルベルトは咳込みながら祈りを続けた。
「至尊なる、神よ。その御手もて、悪しきものに断罪を!」
 祈りが完成した瞬間、眩い光が剣を通して少年の中へ流れ込み、それと共に悪魔が断末魔の咆哮を上げた。少年の喉を通して発せられるそれは洞窟中に響き渡り、反響して際限なく増幅される。禍々しい不協和音に頭が割れそうになりながらも、アルベルトは剣を手放さなかった。
 やがて光が消え失せた時、悪魔は完全に消滅し、肉の翼もぼろぼろと崩れ去った。赤い光は失われ、黒い血が大量に流れ落ちる。牙も爪も、砕けて散っていった。
 後に残ったのは、痩せこけた少年の死体が一つだけ。
「アルベルト! 大丈夫か!?」
 駆け寄ってきたゼノが、心配そうに問いかける。自分では見ることが出来ないが、絞められた喉は痛み、食い込んだ爪のせいで血が滲んでいる。おそらく痕になっているだろう。呼吸を断たれていたせいで意識は朦朧としている。立っていられず膝をついて、血に濡れた剣を支えにした。
「救えなかった・・・・・・!」
 ゼノのことも忘れて、アルベルトは絞り出すように言った。発した声は擦れていて、呼吸と共に喘鳴が漏れる。頭はずきずきと痛み、喉は痛くてたまらない。
「また出来なかった! どうやっても! 俺には救えない! 悪魔憑きを救えない!」
 拳を地面に叩きつけて、喉の痛みにも構わず叫ぶ。何が変わるわけでもなく、気が晴れるわけでもない。無意味なことと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
「どうして出来ないんだ! どうしてリゼのように誰かを救えないんだ!? 俺は・・・・・・俺は何のために悪魔祓い師になったんだ!」
 分かっていた。正式でも一人では成功しないのに、略式で、ろくに聖具も揃えず出来るわけがないことは。分かっていた。悪魔憑きを前に、自分は未熟で、どうしようもなく無力なことは。
 分かっていたから、余計に打ちのめされずにはいられなかった。



 血で汚れた顔と服を少しだけ洗って、アルベルトは少年の遺体から遠く離れた場所に腰を下ろした。魔物も悪魔もいなくなった洞窟内はとても静かで、水の流れる音だけが響いている。しばらくの間は何かが来る様子はなさそうだ。じっと座って身体を休めていると、所在無げに立ち尽くしていたゼノが、そろそろと腰を下ろした。
「・・・・・・俺一人じゃ、悪魔祓いは出来ないんだ」
 かろうじてゼノに聞こえる程の声量で力なく呟き、アルベルトは肩を落とした。声が擦れているのは、喉の痛みのせいだけではないだろう。アルベルトの告白に、隣にいたゼノは驚いたように表情に変わった。
「・・・・・・へ?」
「悪魔祓いは高度な術だ。悪魔祓い師でも、俺のような新米で力のない者は一人で成し遂げることが出来ない。複数人で祈りを唱えなくてはならないし、聖印や聖水も必要だ。俺一人で、聖具もそろえず悪魔祓いを成功させることは不可能なんだ」
 そのことを苦々しく思いながら言い終えると、ゼノはぽかんとした顔でアルベルトを見た。思いがけない答えだったのか、あまりに馬鹿馬鹿しい答えだったのか。反応に窮しているようである。しばらくなにか考え込んでから、ゼノはようやく口を開いた。
「・・・・・・ってことは、リゼは?」
「彼女は悪魔祓い師じゃない。それとは違う、もっと強力な力を持っている。高位の悪魔祓い師でも、あれほど短時間で悪魔を祓うことはできない」
 故に彼女は“救世主”なのだ。絶対的な浄化の力で悪魔を滅ぼす救い主。全ての人を分けへだてなく癒す慈愛の人。まさしく聖典に記された神の子のように。