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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「そのままの意味だ。もしおまえが抵抗するなら、悪魔堕ちした悪魔祓い師と異教徒をかくまった悪魔の手先として、この貧民街を白い炎で焼き尽くす。一人残らずな」
 ウィルツの宣言に、アルベルトは目を見開いた。白い炎で焼き尽くす? あの時のラオディキアのように? 罪のない貧民街の人達を、虐殺するというのか。
「こいつらは関係ないだろ! 漂流していたオレ達を介抱してくれただけだ! それを・・・・・・!」
「さあどうするだ? お優しいアルベルト君はこいつらを見殺しにしたりしないよな? それとも、やっぱり自分の命が惜しいのか?」
 声を上げたゼノを無視して、ウィルツは問いかける。そんなこと、答えは一つしかない。もう片方の選択肢も、それ以外の方法も、選ぶことはできない。選んだ瞬間、ウィルツは宣言通りのことをするだろう。そしておそらく、アルベルトとゼノだけではそれを止められない。選択肢ではなく、たった一つの道を提示されただけなのだ。
「・・・・・・ゼノ、すまない。おとなしく投降しよう」
「・・・・・・ちくしょう!」
 シリルを助けに行きたくてたまらないだろうに、悪態をつきながらもゼノはこちらの言に従ってくれた。悔しそうに拳を握り、歯を食いしばり、怒りに燃える目でウィルツを睨んでいる。陽気で恨みとは無縁そうなゼノも今回ばかりは殺気立っていたが、ウィルツは向けられた怒りを気にした様子もなく、得意げに笑った。
「やっぱりおまえは優しい奴だよ。吐き気がするぐらいな。――こいつらを拘束しろ。念入りにな」
 ウィルツの命令に数人の騎士達が隊列を崩した。言われた通り大人しくしていると、騎士が両手に手枷を嵌め、武器と持ち物を没収する。拘束されたアルベルトとゼノを、ウィルツはにやにや笑いながら見つめていた。
 その後、アルベルトとゼノは、騎士達に囲まれてスミルナまで連行された。途中、ウィルツ達に連行される二人を、貧民街の人々は遠巻きに見つめている。彼らの視線は恐れと期待がないまぜになっていて、ある種の異様な雰囲気を醸し出していた。
 その彼らの元に、何を思ったのかウィルツはためらいもなく近づいて行った。一応部隊長であるウィルツがそうするので、騎士達もその後に続いていく。ウィルツは集まっていた貧民街の人々の前に立つと、ぐるりとあたりを見回した。
「さてと、おまえらに良い知らせだ。よぉく聞けよ。――こいつらをかくまった罪で、おまえらを火刑に処す」
 ――空気が凍った。貧民街の人々にあったわずかばかりの期待感が、処刑宣告の瞬間全て消し飛んだのだ。代わりに広がったのは底無しの絶望感と恐怖感。アルベルトは騎士が押し止めようとするのも構わず、ウィルツに向かって叫んだ。
「ウィルツ! 約束が――」
「約束が違うじゃないか!」
 アルベルトの台詞をさえぎって、ディックの悲鳴のような声が上がった。ディックはアルベルトとゼノに廃屋を提供し、何かと便宜を図ってくれた人物だ。その彼が、ウィルツに取りすがるようにして、切々と訴えている。
「この二人のことを教える代わりに、祓魔の秘跡を受けさせてくれると約束したじゃないか! それなのに・・・・・・!」
「あーそんな約束したっけか。覚えてるか、おっさん」
 縋り付くディックを蹴とばしながら、ウィルツは隣にいる派手な鎧の男に話しかける。話を振られた騎士長は、怯えるディックを見ながらわざとらしく首を傾げた。
「知りませんな。この者の記憶違いでは?」
「だよな。おれも全く身に覚えがねえ。しかし嘘つきはよくねえな。やっぱり炎で浄化した方が良いな」
「そんな・・・・・・!」
 死刑宣告にも等しい言葉に、ディックはみるみる青ざめていく。貧民街の人達の間にも、同じように更なる動揺と絶望が広がっていく。それをじっくり見つめていたウィルツは、満足げな顔をして突如笑い出した。
「はははははは! 全くそんなに怯えるなよ。火刑ってのは冗談だ。おまえらにこいつらを庇おうって気持ちがないか確かめただけだ。こんな奴ら、生かしといちゃいないと思わないか? どうだ?」
 唐突に問いかけられて、混乱していたディックは完全に返答に窮したようだった。戸惑ったように目を泳がせると、黙りこくって静止する。するとウィルツが不満げな顔をし始めたので、ディックは慌てて言った。
「は、はい! 悪魔堕ちした悪魔祓い師と悪魔の手先の異教徒なんて、すぐにでも火刑に処すべきだと思います!」
「だろ? 満点な答えだ」
 その返答にウィルツは再び満足したようで、再びあのにやにや笑いを浮かべた。見てて気分のいい表情ではないが、ディックはそれにほっとしたのか安堵の表情を見せる。しかしそれも、ウィルツが次に口を開くまでの間のことだった。
「だが残念ながら祓魔の秘跡は授けられねえよ。おまえらには信心ってものがたらなすぎる。普段は教えを守ってねえのに、困った時だけ神頼みだなんて都合がよすぎるんだよ。分かったらせっせと祈るんだな」
 その台詞に、ディックは再び凍りついた。彼は縋るような目でウィルツや騎士達を見たが、嘲りの視線を返されるだけだ。訴えても無駄だと悟ったディックは、視線をウィルツ達からアルベルトの方へと向けた。
 お前達のせいだと言いたげな瞳で。
「分かってるのかアルベルト。こいつらは自分達が助かりたいがためにおまえらを売ったんだぜ。卑しい根性だろ」
 振り向いたウィルツは、酷く愉快そうにそう言った。
「なあ、こんな罪人(奴ら)を救ってやる価値が、本当にあると思うのか?」



 やっぱり教会にはロクな奴がいない。小さい馬車に押し込まれ、おそらくスミルナ教会前に下ろされたゼノは、連行されながら心の中でそうぼやいた。
 移動している場所を知られないようにするためか、しっかり目隠しされているおかげでまっすぐ歩くことも難しい。そのくせ周りを囲む騎士達は歩く方向がずれる度に痛いほど小突いてくる。これでは余計まっすぐ歩けないではないか。苦情を申し立てたが騎士が聞く耳を持つはずがなく、仕方なしにそのまま歩みを進めた。そうして教会の廊下、おそらく地下牢へと続く道を歩いていると、突然、知らない声が響いてきた。
「裏切り者を捕らえたのですか。ブラザー・ウィルツ。マリークレージュでの失態の埋め合わせができたようですね」
 それはやけに気取った声だ。かっこつけているのかどうか知らないが、あまりお付き合いしたくない人種であることが推測される。見張りが増えても嬉しくないしとっとと帰って欲しいのだが、ひょっとしたらひょっとすると隙ができるかもしれないし脱出のヒントが見つかるかもしれないので、ゼノは一応話を聞くことにした。
「なんだ。マリウスのおっさんかよ。何の用だ?」
 おっさんという表現に、マリウスが言葉を詰まらせるのが目隠しをされていても分かった。どうやらおっさんという呼称に酷く傷ついたらしい。ただ声しか聞こえないが、それほど年寄りには聞こえない。それとも見た目は老け込んでいるのだろうか? どちらにせよ目上の人間に対する言動として明らかに失礼だった。ゼノにそんなことを心配してやる義理は全くないが。
「年上に対する態度がなっていませんよ。ブラザー・ウィルツ。少しは礼儀を学びなさい」