小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

INDEX|69ページ/115ページ|

次のページ前のページ
 

 女はシリルに握らせた懐剣で己の喉を突き刺していた。刀身の半分以上を喉に埋め、女は恍惚とした表情のまま目を閉じる。力を失った身体の重みが、懐剣を握るシリルの腕にのしかかる。耐え切れず手を離すと、倒れ伏した女の喉から溢れた血が、魔法陣の上に血溜まりを作った。
「・・・・・・ぁ」
 血まみれの手と倒れ伏す女を凝視したまま、シリルは身動き一つ取れなくなった。じわじわ広がる血溜まりが脚を濡らしても、その場に縫い止められたかのように立ち上がれない。死の直前に女が遺した言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
 ――わたし、中、悪魔、いる。
 ――悪魔、あなた、好き。
 ――だから、あげる。
 気持ち悪い。世界がぐるぐる回っている。吐きそうで、倒れそうで、息苦しくて眩暈がして辛くて苦しくて、
 声が聞こえる。
 誰かがわたしを呼んでいる。何かが身体の中に入り込んで来る。冷たい手で心臓を掴まれたような。
 知ってる。この感覚を知っている。恐ろしいほど懐かしい感覚。
「あ・・・・・・」
 声が聞こえる。囁くような、怒鳴るような、誘うような、罵倒するような、謡うような、嗤うような、地獄(ゲヘナ)の底から響いてくるような声。呼んでいる。近付いて来る。獲物を捕らえようと、悪魔が、
『――、――――』
 頭の中に響いた恐ろしい声に、シリルは鋭い悲鳴を上げた。



 朝露の乗った木の葉が、突然吹いた風にゆらゆら揺れた。
 冷たい滴が、ばらばらと頭上から降ってくる。滴は服に小さなしみを作り、あるいは霧雨となって空中に漂った。わずかに湿った空気は冷たく、身体を冷やしていく。だがそれはとても清冽で、清々しいものだった。
 その朝霧の中を、リゼ・ランフォードは進んでいた。波の音を右手に聞きながら、海沿いの森を東に進む。目的地は、アルヴィア唯一の貿易港メリエ・リドス。その中へ入るための裏道だ。道と言っても断崖絶壁の海面ぎりぎりの位置に突き出たでっぱりを飛び移りながら進まなければならないから出来れば通りたくないが、他に道がないのだから仕方がない。
 頬を濡らした冷たい滴を拭って、茂みを掻き分けながら道なき道を進む。聞こえるものは潮騒と木々が揺れる音だけで、それ以外はとても静かだ。その静けさが心地好い。煩い連れがいないので、その静寂を破るのはせいぜい自分の足音ぐらいで――
 と、背後の茂みから不穏な物音がした。
 奇妙な叫び声と共に、茂みから黒い影が躍り出た。狼のような四肢を持つそれは、長い牙を剥いてリゼに襲い掛かる。しかし、魔物が喰らいついたのは人の肉ではなく、凍てつく氷の塊だった。
『凍れ』
 魔物の口に叩き込まれた氷槍は、リゼの一言で瞬く間に成長し、魔物を氷漬けにした。さらに、氷の魔術に織り込まれた浄化の力が魔物の中の悪魔を滅ぼしていく。狼の魔物が物言わぬ氷の塊になるころ、今度は頭上から大ガラスが飛来した。
 甲高い声を上げて啼くそれの脳天を、リゼは素早く刺し貫いた。掲げた剣の先端で、カラスがばだばだと暴れて羽を散らす。剣を引き抜き、落ちていく魔物の身体を真っ二つに斬り裂くと、黒い羽根が飛散した。舞い散るそれを振り払い、今度は真空波を作り出す。鋭いそれに斬り裂かれて、上空の魔物達がぼとぼとと落ちてきた。
『貫け』
 高められた魔力は氷槍を生み出し、空を駆けて茂みから飛び出してきた魔物の胴を貫いていく。それでも勢いを殺しきれなかった一体が正面から突っ込んできたが、剣で打ち払った。黒い胴と首が別々になって、茂みの中に戻っていく。凍りついて転がった魔物の死体を蹴ってよけながら、今までと変わらない歩みで前に進んだ。
 そして、進む先にある茂みの一つに、剣の切っ先を向けた。
 剣の周りに氷槍を出現させようとした瞬間、茂みの陰から影が一つ現れた。魔物ではない。人間だ。それを認め、リゼは魔術を消した。
「味方を氷漬けにする気か?」
「味方なら、もっと堂々と姿を現したら?」
 剣を納めながら言うと、突然現れた青年――キーネスは、腕を組んで「まあ、それもそうだな」と呟いた。
「しかし、ここで待っていて正解だったな」
「・・・・・・よく私がアルヴィアにいると分かったわね。仕事が速いわ」
 人の出入りがないバノッサにいたのだ。情報屋の耳に入るにしても、もう少し時間が掛かるだろう。だから迎えを待つよりも、メリエ・リドスに向かった方か速いし行き違いにはならないと思ったのだ。
「いや、あの辺りの潮の流れを考えて、流れ着くとしたらアルヴィアのどこかだろうと踏んだだけだ。それに、さすがに生存を疑っていた。船に乗っていた俺達ですら、何度も沈没しかけて死にそうになったんだからな」
「でもその分だと、船に乗っていた人は無事みたいね」
「ローゼンも救出した子供達も全員無事だ。何とかサーフェスに戻った後、俺とローゼンはメリエ・セラスからここに来た。到着したのは一昨日だ」
 そう言うと、キーネスはリゼに背を向けて、すぐそこにある裏道へと足を向けた。
「ローゼンは役場にいる。詳しい話はそこでする。行くぞ」



 港町メリエ・リドスは相変わらず賑やかな場所だった。大通りの並ぶたくさんの露店に、以前と同じく大勢の買い物客が列をなしている。年月の移り変わりにより店頭に並べられているものは以前とは異なるが、露店の賑やかさは変わらない。賑やかすぎて、むしろ騒々しいぐらいだ。メリエ・セラスほどではないにせよ、静けさとは程遠い。
 が、それ以上に騒々しい人物がいた。
「リゼー!! 無事で何よりですわー!」
「・・・・・・抱き着かないでよ」
 市長室に入るなり抱き着いてきたティリー・ローゼンに、リゼは嘆息しつつ呟いた。うっとうしいし暑苦しい。さりとて引っぺがすのも苦労しそうなほどがっちり抱きついてくるので、やむなくそのまま放置する。ティリーはそれをいいことに思う存分密着してきた。
「こいつはたまげた。あんたまで内海で漂流して無事とは」
 メリエ・リドス市長ゴールトンは、執務机の向こうで酷く感心した様に言った。市長よりも戦士の肩書が似合いそうな偉丈夫は髭を生やし始めたらしく、微妙に悪人面になっている。だがその声音は陽気な壮年男性のもので、子供の面倒を見る父親のような気安さもあった。
「運が良かったのよ。たぶんね」
 そっけなくそう言ってから、リゼは市長室の中に視線を巡らせた。部屋の中にいるのは、ティリー、ゴールトン、そして入り口の横にキーネス。他は誰もいない。
「アルベルト・・・・・・とゼノは?」
 二人の姿が見当たらない。ティリー達と一緒にいてくれたらと期待していたが、やはり行方知れずなのか。リゼと同じで船が爆発した時は追跡艇から遠い位置にいたのだから、船に辿り着けたはずがないとは分かっている。それならせめて漂流して、どこかに流れ着いていればいいのだが――
 するとリゼの質問に、ティリーは遠い目をしてため息をつきながら答えた。
「あーそれはですね。シリルのことも含めて運がいいのか悪いのか分からない状態で・・・・・・」
「・・・・・・どういうこと?」