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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 礼拝堂に戻って扉を閉めた後、クリストフは弟にそう言った。中で待っていたらしいララは、少し離れたところで怒り出した兄を不安げに見つめている。しかし兄弟は妹の様子など目もくれていないようだった。
 その様子を、リゼは礼拝堂の窓の外から覗いていた。「立ち聞きはよくないですよ」とアンが耳打ちしたが、無視して礼拝堂の外壁にもたれかかる。窓が開いているから、ここにいれば嫌でも声が聞こえてしまう。立ち聞きと言えばその通りだが、今はどうしても彼らの話を聞きたかった。
「言葉選びが悪かったのは謝る・・・・・・でも、他に言うことが見つからなかった。あの人は兄貴が悪魔祓いをしたと思っていたみたいだし、下手な希望を持たせるよりは、今まで通り祈るしかないし祈りが報われるかは分からないと理解した方がマシだと思って・・・・・・」
 落ちこんた様子でそう言うテオ。自分でもきつい言い方をしてしまったと自覚しているのだろう。だが、クリストフは厳しい口調で言い返した。
「そうかもしれない。でも、あの人の希望を砕くようなことは言うな。あれは、悪魔に取り憑かれたあの人の最後の希望なんだ」
「でも、兄貴は悪魔祓いなんて出来ないじゃないか。朝、町の悪魔憑きがみんな癒されているのを知って一番驚いていたのは兄貴だろう? またあの人に悪魔祓いをしてくれって頼まれたら、兄貴はどうするつもりなんだ?」
「・・・・・・」
「ずっと誤魔化し続ける訳にはいかないだろう? 誤解されたままじゃ、あの人はいつか兄貴を恨むようになるよ。どうして悪魔祓いをしてくれないのかって」
「・・・・・・いいんだ」
「でも――」
「いいんだ! 必要があれば説明でもなんでもする! それにまだ奇跡が起きないと決まった訳じゃない。祈れば、祈りが神に届けば、もう一度・・・・・・」
 そう言って、クリストフは礼拝堂の祭壇を見た。天窓から差し込む光が、古びた十字架を照らしている。
「俺は救いたいんだ。悪魔に取り憑かれた人を。なのになぜ神は俺にもっと力を与えて下さらないのだろう。こんな中途半端な力しかないなんて・・・・・・」
 悔しげにそう言うクリストフ。テオは何かためらうように沈黙していたが、やがて意を決したように言った。
「兄貴、現実を認識してくれ。兄貴に悪魔を祓う力はない。出来るのはあの不思議な光で、苦痛を和らげることだけだ。今までも、どれほど祈ろうと救われず死んでいった人間が何人いた? 祈ったからといって救われるとは限らない。今回はたまたま奇跡が起こっただけだ」
 テオはそこで一息おいてから続けた。
「今夜の礼拝で、町の人達にちゃんと説明した方がいい。あれは兄貴の力じゃなく、神の気まぐれな奇跡だって。出来ないことを安請け合いしないで、兄貴は兄貴が出来ることをすればいい。ここは悪魔憑きが死を迎える場所だ。そして、奇跡はそう何度も起きない」
「・・・・・・お前は平気なのか。目の前で悪魔憑きが苦しんでいても。助けを求めているのに、何も出来ない。無力な自分を、情けないと思わないのか」
「思わない。思っても仕方がない。僕に出来るのは、薬で病気や怪我を治すぐらいだから」
 静かに言うテオを、クリストフは鋭い目で睨むように見た。
 あの悪魔憑きの男と、似たような眼差しだった。



「本当に、神父様の御力ではないのでしょうか。あんな不思議な力を持っておられるのに」
 部屋に戻った後、何故かついてきたアンがそう言った。結局、立ち聞きはよくないと言っていた彼女も、最後まで話を聞いていたのだ。
「テオが言っていたでしょう。これはきっと神の気まぐれな奇跡よ。ここの人達の祈りが通じた。すごいことじゃない」
 適当にそう返すと、アンは何か考え込むように押し黙った。我ながら棒読みな言い方だったとは思うが、アンは気が付かなかったらしい。彼女はそのまま考え込み、しばらくして口を開いた。
「・・・・・・もし本当に祈りによって救われるなら、それは悪魔祓い師の存在を否定することになりませんか?」
 不意に、アンはそんなことを言った。
「悪魔祓い師は神より祓魔の力を授けられた存在。神に代わって悪魔と戦う役目があります。救済が神の御意思によるものなら、必ず悪魔祓い師を通じて行われるはず・・・・・・」
「だから何? この辺りに悪魔祓い師がいて、こっそり悪魔憑きを癒していったとか? それとも神父が実は悪魔祓い師だとか?」
 馬鹿馬鹿しいと思いながら、リゼはそう言った。悪魔祓いをしたのが誰が分かっているのもあるが、悪魔祓い師がこんな場所まで来て、異端の宗派を信じる悪魔憑き達を助ける訳がないからだ。そんな奇特な悪魔祓い師、そうそういないだろう。
「・・・・・・ソフィア殿はどうしてそんなに落ち着いていらっしゃるの? 悪魔憑きが癒されていたこと、驚かないのですか?」
 何を言っても取り合わないリゼに、アンは不思議そうに尋ねる。リゼは彼女に背を向けたまま、答えた。
「驚いてるけどそれより気になることがあるだけ」
「というと?」
「言ったでしょう。速くここを離れて知り合いの無事を確かめたいって。そっちの方が気にかかって、落ち着かないだけ」
 半分本当で、半分嘘だった。いや、嘘の割合の方がもっと多い。シリルやアルベルト達のことは気になっている。けれど、それ以上に気にかかっているのは、先程あの悪魔憑きの男が言ったことについてだった。
 悪魔憑きの男は、この町の人達が癒されたのはクリストフの力のおかげだとみんな言っていたと話した。祈っても救われないことは誰でも知っている、とも。ここの誰も、あれが祈りが報われた結果だとは思っていない。“不思議な力”を持つクリストフが起こした奇跡だと思っている。バノッサの歴史上、悪魔憑きが癒されたのは今回が初めてなのだろうから、当代神父であり、元々不思議な力を持つクリストフのことをそう思うのは無理からぬことだろう。だが、
 だが、彼に悪魔祓いの力はないのだ。あの不思議な力も、神のものではなく魔術の片鱗に過ぎない。町の人達が思うような力は、クリストフにはない。
 けれど、彼は今度ずっと悪魔祓いの力を持つ神父と思われ続けるだろう。少なくとも、本当にそんな力はないと、町人達が気づくまで。それまで、クリストフは悪魔祓いをして欲しいと悪魔憑き達にすがられることになる。
 ――俺は救いたいんだ。あの人達を。なのになぜ神は俺にもっと力を与えて下さらないのだろう。こんな中途半端な力しかないなんて・・・・・・
 おそらく、そんな力はないのにと、無力感にさいなまれながら――
「ソフィア殿。あの噂をご存知ですか? “救世主”が現れたという噂を」
 突然、アンがそんなことを言った。リゼは考え事をやめて、彼女の方を見る。いきなり何のつもりだろう。
「知ってるけど、それがどうしたの?」
「噂の“救世主”は、ラオディキアの貧民街や辺境の町や村に現れては、悪魔憑きを癒していったと聞きます。私達の元にも“救世主”が訪れてくれることを待ち望んでいました。――結局、訪れてくださいませんでしたが」
 アンはそこで一息つくと、