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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 ざわめく兵士の集団から、ローブを着た男性が飛び出してきた。身につけている装飾品がどことなくテウタロスのものと似ている。あれよりはずっと簡素だが、おそらく祭司なのだろう。探していた人物は思いの外速く見つかったようだった。
「依り代をどうしてここに――?」
 祭司とおぼしき男性は、運び出された煙水晶を見て絶句した。水晶に亀裂が入っているのも驚くことだが、まさか依り代を運び出されるとは思わなかったのだろう。依り代とアルベルト達を交互に見つつ、かける言葉を失っているようだった。
「外へ出す方が良いと判断しました。勝手なことをしてすみません」
 頭を下げると、祭司は大いに慌てた様子で「あ、いえ、お構いなく・・・・・・?」と呟く。彼は反応に困ったのかしばらくまごまごしていたが、煙水晶を見て自分の職分を思いだしたらしい。依り代の前に跪いて短く祈りの言葉と思われるものを呟くと、立ち上がって背後の兵士達に言った。
「新しい安置場所へ移して、結界再構築のための儀式を行います。人手が必要です。ご協力をお願いします――」
 その一声で、ほとんど野次馬と化していた兵士達はテキパキと動き始めた。何人かは祭司の指示を聞き、他の兵士達は予定通り神殿へ向けて突入を始める。おそらく、調査のついでに中の遺体を回収しに行くのだろう。たくさんの兵士が行き交い、込み合う中で、アルベルトはリゼの姿が見えなくなっていることに気付いた。
「リゼ?」
 いつの間にか彼女はいなくなっていた。そんなに神殿から離れたかったのだろうか。辺りを見回して姿を探すと、リゼは遠く離れたところでじっと空を見上げていた。
 人混みを掻き分けて彼女のところへ向かう。どうやら魔物は全て討伐されたらしく、死骸以外に姿が見当たらない。引き上げていく退治屋達の話し声以外、すっかり静かになったフロンダリアの谷底。そこに流れる川の岸辺に佇んでいたリゼは、アルベルトが近付くとゆっくりと振り返った。
「結界が安定してるみたい」
 そう言われて、アルベルトも空を見上げた。フロンダリアの細長く切り取られた空。そこに半透明の薄い障壁が張り巡らされている。神殿に入る前まで不安定に揺らいでいたはずが、今は弱々しいながらも消滅する気配はなく、悪魔を阻むには十分な力があるようだった。フロンダリアに降りて来ようとしていた黒い影が、結界の前で右往左往している。最も、結界強度がこのままだと強行突破される可能性も十分あるが。
「良かったわね。わざわざ中に入って外に運び出したかいがあって」
 何気ない口調でそう言われて、アルベルトは少し驚きながらも頷いた。
「――ああ」
 少なくともこれで悪魔侵入してくることはない。結界も、もうしばらくしたら元の強度を取り戻すだろう。
「ありがとう。リゼ」
「・・・・・・何が?」
「君が手伝ってくれなかったら神殿の奥までいけなかった」
 心からそう言うと、リゼは怪訝そうな顔をして、「手伝ったもなにも、ついて行っただけなんだけど」と呆れたように言う。風の守りで助けてもらったのは事実なのだが、どうやらそれは彼女の中で手伝いにカウントされていないらしい。そのことを言おうと思ったが、その前に、横から別の声が割り込んできた。
「祭司でもないのに依り代を運び出すなんて大それたこと、よくやるな」
 いつの間にか現れたのか、そう言ったのはキーネスだった。魔物退治のためか、服の袖に黒い血が飛んでいる。その後ろで、追いついたらしいティリーが手を膝について息を切らせていた。
「だから――置いて行かないで――くださいます?」
 息も絶え絶えなあたり、重力魔術を使って疲れたというのは誇張でもなんでもないらしい。疲れ切って今にもその場に座り込みそうなほどだったが、すぐ前にいるキーネスや、彼の方を向いたリゼにティリーを気にかける様子は微塵もなかった。
「キーネス、魔物はどうなったの」
 リゼが質問に、キーネスは淡々と答えた。
「とっくの昔に全て討伐済みだ――と言いたいところだが、実際は倒し切る前に残った魔物は逃げ帰っていった」
「逃げ帰った?」
「突然啼き喚いてフロンダリアから出て行った。魔術師の連中が口をそろえて『結界が安定した』と言うし、何があったのかと思ったら神殿からお前達が現れたというわけだ。依り代を持ってな」
 そこで、キーネスは少し呆れたようい肩をすくめた。
「ミガー人なら普通は罰当たりにならないか心配する。俺もそこまで信心深い方じゃないが、祟りは怖いからな。そうでなくても――」
「依り代なんてエネルギーの塊みたいな物なのに、よく平気で触れますわね。こっちは術を使っている間中、ヒヤヒヤしてましたのに」
 息切れから回復したティリーが、キーネスの後を引き継ぐように言った。その瞳には若干の非難が含まれている。
「そ、それは済まない。そんなに危険な物だとは思っていなくて」
 出してくれ、とテウタロス当人に頼まれた以上、無視は出来ないし、依り代をどうにかすれば結界を復活させられるかもしれない。本人の希望なのだから害はないだろうと踏んだのだが、他の人間にとっては冷や汗ものだったようだ。思えば、神が宿るものを勝手に動かしたのだから、当然かもしれない。全く同質のものではないが、教会の神の像を勝手に動かされたら、自分だって驚くし冷や汗の一つもかくだろう。
「ま、そんなことはどうでもいい。おかげで結界も安定したしな。それより、さっさと殿下の館にでも戻った方が良い。ランフォード。お前は特にな」
 不意にそう言われて、リゼは怪訝そうな顔をした。そんなことをしなければならない心当たりがない、といった様子だったが、アルベルトには何となく理由が分かる。というか、あれだけ派手にやっていて注目を集めない訳がないのだ。
「前線で派手に魔物退治をしたせいで、大勢の退治屋がおまえに注目している。忘れたか? ここは魔術工学の街だぞ。当然、退治屋にも魔術師が多い。捕まって質問攻めにされたくなければ、速く館に戻るんだな」
 そう言って、キーネスは小さくため息をついた。



 途中でゼノと合流し、アルベルト達がそろって館の前に戻ると、そこでは兵士達が集まって魔物の死骸の後始末をしていた。それは何もこの館の前に限ったことではなく、どうやら前線で退治屋達の討伐を逃れた魔物の何体かが街の中に侵入していたらしい。しかし、この分だと待ち構えていた退治屋と兵士に無事倒されたようだ。
 館に近付くと、アルベルト達の帰還に気付いた兵士の一人が、顔をしかめながら近付いてきた。死骸から飛んだのだろう魔物の血で軍服を汚した兵士は、リゼの姿を捉えると、明らかに迷惑そうな口調で話しかける。
「どこへ行ったのかと思ったら魔物退治に行っていたのですか。勝手に出歩かれると、警護をするこちらとしても困るのですが。他の方々も」
「神殿が爆破された上、魔物が騒いでるのに部屋の中でゆっくりなんてしていられないんだけど。部屋の中まで入ってことないとはいえ、牢番でもするみたいに見張られたら余計に」