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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 色々と考え事をしながら相槌を打つと、ティリーは小さくため息をついて腕を組んだ。思案に暮れるアルベルトに、彼女は呆れ顔で続ける。
「気にしなくっていいと思いますわよ。奥へ行ってみればと言ったのはリゼなんですし、それが分かっているからああして意地でも行こうとしてるんですのよ」
「・・・・・・」
「うーん、事情はよく分かりませんけど、トラウマのことなんてホイホイ人に話しませんわよ。リゼの性格を考えると、心配されるのもうっとうしがるでしょうし」
「そうだろうな」
「分かってるならいいじゃありませんか」
「ああ。ただ――どうして忘れてたんだろうかと思って」
 悪魔のせいで孤児となった人間はこの世に数えきれないほどいる。アルベルトとてその一人だ。その中には、アルベルトのように両親が悪魔に取り憑かれて亡くなる他に、魔物に襲われて命を落とす者も少なくない。肉親が狂い、痩せ細り、外見も精神も変容して死んでいくさまも恐ろしかったが、目の前で親が魔物に喰い殺されるなんて、どれほどのショックを受けるだろう。
 そのことを聞いていたのに、今まですっかり忘れていた。それが残念でならなかった。もう少し早く思い出していれば、もっと気遣えたかもしれないのに、と。
 そう考えていると、ティリーは物言いたげな目をしてじっと見つめてきた。無言の圧力を感じて、アルベルトは思わず一歩下がる。するとティリーはまたしてもため息をついた。
「一つ言っておきますけど、貴方、完璧超人を目指すのはやめた方がいいですわよ」
 驚くアルベルトの鼻先に人さし指を突き付けて、ティリーはさらに続けた。
「貴方は貴方が信仰する唯一絶対万能全能の神様とは違うんですのよ。心配しなくても貴方の気遣いレベルは十分高いんですし、あれもこれもそれもどれも察して出来るようになんて不可能ですわよ」
 ティリーは言い聞かせるように話し終えてから、先程よりも深いため息をついた。
「もうちょっと肩の力を抜いたらいいんじゃありません? 出来ないものは出来ないんですもの。どうしてもやりたいなら、それ一本にしぼったらどうです? やりたいことを、一つだけ、ね」



 テウタロスの祭壇は至近距離から爆風を食らったせいか、真っ黒に焼けて原形を留めていなかった。ミガー式の祭祀方法は良く知らないが、おそらく神具や供物が捧げられていたのだろう。そのどれもが炭化して、何が何だか分からない。
 その中で唯一、祭壇の中央に飾られたセピア色の水晶だけが、破壊も炭化も逃れて静かに佇んでいた。鉱物名でいうなら煙水晶というやつだろう。大きさは小さな子供ほど。研磨や裁断はされず、剣の切っ先のような形をしている。うっすらと塵芥を被っているくらいで表面に目立った傷はなかったが、よく見ると内部に無残な亀裂が入っていることが分かった。
「酷いわね」
「ですわね。これじゃ結界が不安定になるのも道理ですわ・・・・・・」
 依り代である煙水晶は、ルルイリエの湖と同じ、内部に強い力を宿していた。魔力とは少し違う。これが万物に宿るという精霊のエネルギーなのだろうか。しかし依り代の損傷のせいで、そのエネルギーは酷く揺らいでいる様子がアルベルトの瞳に映った。
 さて、あの人影はこれをどうして欲しいのだろう。周囲を見回していたが、あの人影が現れる様子はない。この状態ではアルベルト達の手に余るし、本当に状態を確認することぐらいしか出来なさそうだった。
 周囲を見回して、他に注意すべきものはないか探してみる。ティリーも同じようにして、依り代の周りを観察していた。そんな中、リゼはじっと煙水晶を見つめ、何を思ったのかそれに向けて手を伸ばした。リゼの手が塵を被った煙水晶に触れた。
 その瞬間、水晶と重なるように何かの影が浮かび上がった。
(――!?)
 アルベルトは突如として現れたそれが何であるかに気付き、思わず息をのんだ。
 それは一人の人間だった。紋章が織り込まれた茶色のローブを身に纏い、髭を蓄えた壮年の男性。黒の双眸は疲れたように力なく、額には深い皺が刻まれている。彼は今にも消えてしまいそうなぼんやりとした状態で、何かを訴えるように唇を動かした。声は全く聞こえない。視えるだけだ。なんとかして訴えを汲み取ろうと、アルベルトは集中した。この人は何と言っているのだろう。あの口の動きは――
「“外へ出してくれ”」
 その瞬間、男性の姿は掻き消えた。
「何?」
 煙水晶を検分していたリゼが手を引っ込めて問いかけてきた。唐突な呟きに驚いたのか、怪訝そうな顔をしてアルベルトを見やる。その視線に、アルベルトは夢から覚めたように我に返った。
「また何か視えたの?」
「ああ、そこに人の姿が浮かび上がって・・・・・・」
 先程とは裏腹に、煙水晶は輝くことも映し出すこともなく、内部の無残な亀裂を晒したまま沈黙している。人の姿などどこにもない。けれど確かにいたのだ。
「男性だった。壮年くらいの、茶色のローブを着た――」
「それってまさか」
 話を聞いていたティリーが何か気付いたように呟く。アルベルトの注目を受けた彼女は、煙水晶の背後、爆発で焼け焦げた壁の上の方を指さした。
「あの方のことですの?」
 そこには、黒く薄汚れた古い壁画があった。半分以上が焼け焦げ、全容が分からないほど消失してしまっている。そのわずかに残された一部分に、男性と思しき人物の絵があった。ここからでは詳細が分からないが、髭を生やし、ローブをまとい、特別な存在であることを表すための光背と紋章が周囲に描かれている。その様子は、手に何かの道具を持っている以外はまさしく先程視た壮年の男性そのものだった。
「技術の神テウタロス」
 そう呟くティリーの声は、少し震えていた。
「まさか、貴方、神の姿が視えたんですの?」



 熱気と死臭満ちる神殿から抜け出すと、入り口付近で突入の準備をしていたらしい兵士達が一斉にアルベルト達に注目した。アルベルト達に近い方から、ざわざわと動揺が広がっていく。中には驚きではなく、好奇の視線を向ける者もいた。
 兵士達が驚いているのは、崩壊した神殿から人が出てきたからだけではない。しんがりのティリーが空中にテウタロスの依り代を浮かばせて、それをアルベルトが支えながら出てきたからである。アルベルトが煙水晶を慎重に下ろすと、ティリーが本当に疲れ切った様子で言った。
「重力魔術はかけるのは簡単ですけど軽減するのは難しいんですのよ・・・・・・あー疲れた」
 あの茶のローブの男性――おそらくテウタロス――に外へ出してくれと訴えられたのはいいものの、煙水晶は重すぎて運び出すには時間がかかりすぎるのが難点だった。亀裂が入っているから、下手な扱いは出来ない。最初は人を呼ぶことを考えたのだが、「ティリーなら魔術で重力を制御して軽くできるでしょう?」とリゼが指摘したこともあって、そのまま運び出すことになったのだった。
 疲れ切った様子のティリーに礼を言ってから、アルベルトは周囲を見回した。依り代を運び出したのはいいが、これを扱いはやはり祭司に頼むしかない。兵士の誰かでも、爆発を逃れた祭司がいないか知らないだろうか。そう思って、適当な人物を探していると、
「そ、それは!?」