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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 それは能力的な理由からではなく、状況的な理由からだった。アルベルトは儀式の煩雑さを別にしても、悪魔憑きを癒す祓魔の術は得意ではない。その代わり、魔物と戦うことは持ち前の剣の腕もあって得意と言える分野だ。ただ魔物を倒すだけでなく、取り憑いた悪魔をも浄化することが出来るのだが、如何せんミガーでおおっぴらに悪魔祓い師の術を使う訳にはいかなかった。たくさんの退治屋に囲まれているこの状況で、祈りの言葉を唱えようものならすぐに気付かれてしまう。祈りの言葉は術を発動させるための重要な手順だから、省略するわけにはいかない。故に他の退治屋達と同じように、ただ魔物を倒すことにとどめなければならなかった。
 魔物退治は取り憑いた悪魔をも滅ぼさない限り根本的な解決にならない。今、目の前にいる脅威。それを一時的に取り除くことしかできない。だが、そうやってはからずも問題を先送りにするより他に道がない。それが悪魔を殺す手段を持たないミガー人の実情であり、
 アルベルトの現在の状況でもある。
「あの女すげーな。どこの退治屋だ?」
 近くにした退治屋の一人が驚嘆の声を上げたのを聞き、アルベルトはつられて退治屋が目にしている人物を見た。氷雪が散り、風が踊る。レイピアを手に空中を舞うリゼは、浄化の術を駆使しながら悪魔ごと魔物を滅ぼして回っていた。少々腕や脚を斬られても平気で動き回る魔物をほんの数撃で倒してしまうのだから、いやおうなしに退治屋達の注目の的になっているようだ。
 それにしても、悪魔と相対した時のリゼの戦い方は鬼気迫るものと言ってよい。すごい、というのは確かだ。魔物の群れに突っ込んで、それら全て倒してしまうのだから。けれどそれは、リゼがかなり無茶な戦い方をしている故だった。
 リゼは魔術を得意とするが、決して剣術が使えないということはない。魔術と異なり飛び抜けて優れている訳ではないが、魔術師としてはおそらく十分だろう。普段ならそれを生かし、魔術と組み合わせて魔物と渡り合うのだが、今のリゼは力任せに剣を振るい、魔術を放っているだけだった。
 時折、こういうことがある。冷静に魔物と対峙することもあれば、思い詰めたように無茶な戦い方をする。その境界線はおそらく本人も分かっていないのではないだろうか。
 リゼが生み出した氷雪が、日の光を浴びてきらきらと煌めく。魔物から抜け出た悪魔が、閃光に貫かれて消滅する。魔物の数は減りつつある。退治屋も大勢いるし、もうまもなく討伐されるだろう。しかし、問題は魔物だけではないのだ。
 見上げると、空を覆い尽くす黒い影から、いくつもの塊がゆっくりと降下してくる様子が見てとれた。ここからでは黒い点にしか見えないが、それがどんな姿をして、何をするつもりなのか、容易に分かる。
 悪魔だ。それも、人に憑く類の。フロンダリアの結界が消失しかけているのに気付き、宿主を求めて降りてこようとしている。
 このままではフロンダリア住民から悪魔に取り憑かれる者が出てしまう。リゼならあの悪魔達も浄化しようとするだろう。しかし、それではきりがない。いくらリゼでも、際限なく降って来る悪魔を浄化しきるのは不可能だ。せめて結界が復活すればいいのだが――
 あいにく、兵士達のほとんどが魔物退治に駆り出されているのか、爆発の後処理をしている者はいない。鎮火はとうに終わっているが、中を調べている場合ではないのだ。結界を修復は見込めそうにない。
 悪魔祓い師だと露見するのを覚悟の上で、奴らを浄化するしかないか。それでも手が足りるか分からないが――アルベルトかそう覚悟を決めた、その時だった。
(・・・・・・え?)
 不意に神殿の入り口に人影が現れた。遠くて容姿の詳細は分からないが、どうやら兵士ではない。神殿内の逃げ遅れていた人が出てきたわけでもない。文字通り“降って湧いた”のだ。
 その人物は何かを探すように視線を彷徨わせると、こちらに顔を向けて静止した。
 次の瞬間、その人物は滑るように神殿の中へと消えて行った。
 背後で魔物がぎゃあと啼いた。空気を掻き乱す音と共に黒い羽根が舞い落ちる。魔物の鋭い嘴が襲い掛かる直前に、横薙ぎに振るった剣で魔物の首を斬り飛ばした。崩れ落ちる魔物の身体。その後ろに、また別の魔物が控えている。新たな魔物は動かなくなった黒い死骸を飛び越えて、アルベルトに襲いかかってきた。
「あらよっと!」
 アルベルトが剣を振るう前に、呑気な掛け声と共に大剣を振りかぶったゼノが魔物へと斬り掛かった。翼を叩き落とされ、魔物は体液を撒き散らしながらじたばたとのたうちまわる。ゼノは再び剣を振りかぶると、魔物の首を断ち切って止めを刺した。
「よ! アルベルト。大丈夫か?」
 そう言ってから、ゼノは何かに気づいたように足元を見回した。
「・・・・・・これ、全部おまえがやったのか?」
「・・・・・・? まあこの辺りはそうだな。それより助かった。ありがとう」
「ああ。いいっていいって。助け合うのは当たり前――」
「悪いが後は頼む」
「ええ!? おい、どこ行くんだ!?」
 戸惑っているゼノを後に残して、アルベルトは神殿の方へと向かった。周りを見回すと、敵はもうほとんど残っていない。魔物はもう間もなく掃討される。ここを離れても問題ないだろう。
 神殿の入り口前に立つと、煤と焦げた臭いがじわじわと流れてきた。中は暗く、人がいる気配はない。あれだけの爆発と火災で生きている人はいないだろう。
 だが、先程は人がいた。神殿にゆっくりと近付きながらアルベルトは中の様子を窺う。確かに人がいたのだ。そして何かを伝えたがっているように、こちらを向いた。
「誰かいるんですか?」
 がらんどうの石の空間に、音がわずかに反響する。壁面の崩れかけた装飾から落ちた水滴が、瓦礫の上ではじけて小さな音を立てる。問いに対する答えはない。魔物退治の喧騒とは裏腹に、神殿は奇妙なほど静寂に満ちている。待っていても返事は得られなさそうだ。そう思ったアルベルトは、思い切って神殿の中へ歩を進めた。
 一歩の中に入ると、熱気と異臭が押し寄せてきた。まだ鎮まりきっていない火が、暗闇の中でちろちろと揺れている。足元には消火作業の影響であちこちに濁った水たまりが作られていた。それ以外に転がっているのは、瓦礫と融けた陶器や金属器。何かの燃えかす。侵入を阻むかのような熱と臭いを振り払い、残り火に照らされた神殿の奥を見やると、そこに再び人の影が浮かび上がった。
 それはほとんどうすぼんやりとした輪郭しかなく、明確な像を結んでいなかった。捉えられるのは動作だけで、何者なのか全くわからない。しかし何かを伝えたいらしく、ゆっくりと手を伸ばし神殿の奥を指さすような仕草をした。
(奥に来いということか)
 人影は消え去り、そこにはただ薄闇があるばかり。影が何のために奥を指し示したのかは分からない。ただ、害意は感じなかった。この奥に、行かなければいけない何かがあるのだろうか。神殿の中は耐え難いほどの臭気で満ちていたが、アルベルトは意を決して、奥へと歩を進めた。
 その時、氷雪をはらんだ旋風が熱気と臭気を打ち消した。
「何か視えたの?」