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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 魔術は万物に宿る精霊の力を魔力を用いて操る技術であり、人なくして魔術が発動することは有り得ない。しかし、霊晶石に魔力を込め、魔動具に取り付けることで、魔術師を介在せずとも魔術を発動させたまま維持することが可能なのである。定期的に魔力を補充・整備してやる必要はあるが、仕組みさえ理解していれば難しいことではない。
 フロンダリアで魔術工学が発達したのは、この霊晶石が豊富に採れることにあった。谷底の川では砂鉄や砂金、少し離れた上流の山の方では鉄が採れるそうだが、主に産出するのは水晶である。霊晶石ではない水晶は宝石として装飾品に使われるが、多くは研磨され、魔法陣を刻まれ、あらゆる魔動具に取り付けられていく。
 例えば、水道管のような都市機能を支える大型機器。屋内・屋外の照明。船の推進装置。
 加工に手間がかかり、魔術師が定期的に整備しなければならないこともあって誰もが扱える訳ではないが、魔動具はミガー王国の民の生活を支える重要な道具である。
 そして、魔物と戦う際の強力な武器にもなる。



 緩んだ結界を突き抜けてやってきた魔物の襲来を確認した瞬間、その場にいた野次馬達はすぐさま二種類の行動を取った。
 まず半数の人間が、魔物に背を向けて屋内へと退避し始めた。警告の鐘の音に従い、いつかのメリエ・セラスの時と同じく、一般市民達は冷静に避難していく。多少の動揺や悲鳴は見られたが、彼らは落ち着いて戦場から離れて行った。
 そして、非戦闘員があらかたいなくなり、魔物の襲来を告げる鐘の音が余韻を残しながら消えていった時、残った半数の野次馬達――魔物退治屋が、各々武器を手に魔物と対峙していった。指揮官がいるわけでもなく、きちんと統率がとれている訳でもないのに、自分の持ち分を理解しているのか持ち場が決まっていて、まるで統率がとれた軍隊のようだ。剣士、射手、槍使い。武術のみを使う者もいたが、退治屋達のほとんどが武器を手にした魔術師であった。
 杖、剣、その他諸々。専属魔術師もいれば武術と組み合わせる者もいる。共通しているのは武具に霊晶石を用いていること。これを触媒とし、魔術を操るのである。
 物質ではない精霊の力を操るためには、魔力と呪文の詠唱が必要だ。目的とする魔術が強力であればあるほど、高い魔力と長い詠唱が必要になる。しかし魔力と時間を消費しすぎるのは、特に戦いの場において得策ではない。そこで術師の負担を軽減し、詠唱にかかる時間を短縮するために、魔力と精霊力を込められる触媒が必要なのである。非物質のエネルギーは物質を介する方がコントロールしやすく負担も少なくて済むのだ。そしてそれに適しているのが霊晶石というわけなのである。
 実際には、触媒はなんでもいい。霊晶石のような無機物だけでなく、木などの有機物を使う者もいる。精霊力が強く魔力を込めやすく、魔法陣を刻むことができるものなら何でも触媒とすることが可能だ。例えばティリーの触媒は魔導書であり、オリヴィアの武器は金属で補強してあったものの、本体は木製の棍だった。魔術師にとって触媒は武器。扱いやすいか、手になじむかが重要なのだ。
 リゼ・ランフォードの場合、それは剣であった。これをくれた叔父曰く霊晶石の銀で創られ、祖父の手による魔法陣が刻まれている。
 柄には実用に困らない程度の細やかな装飾。無論ただの飾りではなく、模様に悪魔除けと詠唱補助を目的とした印が織り込まれている。
 刀身は細く、切っ先は鋭い。両刃で斬撃も可能だが、本来は刺突を得意とするレイピアだ。力任せに斬ろうとすると、折れたり曲がったりしかねない。
 だがそんなことはお構いなしに、リゼは斬撃を繰り出した。
 風をまとった剣が魔物の首を易々と斬り落とす。濁った体液を吹き出しのたうちまわる鳥の魔物。飛び散る羽根を振り払って、その胴に切っ先を突き立てる。剣を仲介に魔物の身体へ送り込むのは浄化の術。使い物にならなくなった宿主を捨てて逃れようとする悪魔を、浄化の光で拘束して叩き潰す。悪魔の奇怪な断末魔が耳朶を打った。うっとおしい。
 ぎゃあぎゃあという、別の啼き声が迫ってくる。リゼは剣を引き抜くと、新手の魔物の方を向いた。振り向きざま、魔物の頭部を横一文字に斬り裂く。確かな手ごたえと共に、斬り裂かれた魔物の眼球から黒い液体が噴き出した。
 霊晶石は一般の鉱物より硬い。故に、魔力をもたない武術専門の退治屋も、霊晶石で創られた武器を使う者がいるらしい。魔力を流せばさらに硬度が上がるから、そう簡単に折れることはない。
 倒れる魔物の身体を蹴り飛ばして、切っ先を別の魔物へと向ける。三体の怪鳥が、リゼに向かって飛びかかってくる。その異様なまでに膨れ上がった胴めがけて、今度は魔力を解放した。
『貫け』
 魔法陣が輝く。霊晶石の刀身が魔力を増幅する。魔力と詠唱に導かれて精霊が集まり、いくつもの氷の槍を描き出した。滑るように空を奔った槍が、魔物の胴を串刺しにして谷の壁面に縫いとめる。中の悪魔は浄化の術を合わせた氷槍に貫かれてあっけなく霧散した。
 ふと上を見上げると、魔物の身体から抜け出した悪魔が天へ逃げ帰ろうとしているのを見つけた。アルベルトと違ってはっきりと見えるわけではなく、黒く薄い靄のような、昼日中では見逃しかねない影としてしか捉えられない。それでも、気配ははっきり感じられるので、よほど弱いか、気配を隠せる悪魔でない限り知覚することは難しくない。
 魔物は生物の死体に悪魔が取り憑いたもの。普通の生物を比べれば生命力が――厳密には死体なのでこの表現は適当ではないが――はるかに強く凶暴だが、剣や魔術を用いれば、器たる肉体を破壊しその動きを止めることは出来る。しかし、中に潜む悪魔までは殺せない。器をなくし、力を削がれ、それでも悪魔は滅びない。また新たな器を求めてさまよい、そして見つけるだろう。生きているものが存在しない場所などなく、奴らは時に無機物ですら器としてしまうのだから。
 生物の魂を求めて彷徨う、おぞましき存在。悪魔。逃がしはしない。全て消し去ってやる。滅ぼしてやる。悪魔を滅ぼすことが出来るのは、悪魔祓い師か、
 リゼだけなのだ。
『悪しきものよ。消え失せろ!』
 穢らわしい悪魔など、一匹残らず滅びてしまえ。



 退治屋達がいるだけあって、魔物の掃討は苦戦することもなく早くも終わりそうだった。濁った体液をまき散らし、動きを止めた魔物の死体がどんどん積み上げられていく。その身体から悪魔が逃げ出していく様子を、アルベルト・スターレンはその特殊な眼で捉えていたが、だからといって悪魔を浄化することが出来ず、歯がゆい思いをする羽目に陥っていた。