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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 ウィルツはキーネスを見てそう言った。キーネスは僅かに眉を寄せただけで、無言で冷めた視線を向けている。ウィルツの蔑んだ口調にゼノは思いっきり眉間に皺をよせ、ティリーはうんざりしたように溜息をついた。張りつめた空気が流れる中、アルベルトは殺気立つリゼを押しとどめながら、ウィルツ達の様子を窺う。壊れかけた結界の修復に追われているのか、幸いにも悪魔祓い師はウィルツ一人。残りは騎士ばかりだ。これならウィルツの操る白い炎さえ気を付ければ逃げ切れるだろう。
 後は逃げるタイミングだが――
「ブラザー・ウィルツ! そこの異教徒が背負っている少女は――」
 不意に騎士長が慌てた様子でそう言った。ウィルツや騎士達の視線が、ゼノの――いや、ゼノの背で気を失っているシリルの元に集まる。なにせシリルは教会に軟禁されていて、ゼノの助けを借りて逃げ出したという経緯がある。スミルナの騎士長がシリルの容姿を知っていたとしてもおかしくないし、行方不明の少女がこんな時に見つかって驚くこともおかしくない。一瞬だが、ウィルツ達の注意はシリルの方へ向けられた。
 今が好機だ。
「ティリー。頼む」
「了解ですわ」
 背後にいたティリーに視線を投げると、彼女は返事を言うが速いか巨大な火球を呼び出して騎士の一角に投げ付けた。火球は派手に炸裂し、爆風で騎士達が吹き飛んでいく。街中だから見た目は派手だが威力は低い。騎士達はせいぜい軽い火傷と打撲で済んだはずだ。だが突然の攻撃と倒れ伏す仲間達に無事な騎士達は動揺し、隊列を乱し始める。その隙に、アルベルトは座り込んでいるリゼを抱え上げた。
「――! ちょっと!」
 すると彼女は驚いた様子で声を上げた。降りようとしたのか肩のあたりを押されたが、そのせいでバランスを崩したらしい。落ちそうになったリゼを抱え直して、アルベルトは言い聞かせるように言う。
「悪いが大人しくしていてくれ。抱えにくい」
「抱えなくていい! 走るぐらいは出来るわよ!」
「そうは見えないな。文句があるなら後で聞くよ」
 不満げなリゼを抱えて、アルベルトは手招きしたキーネスの後に続いた。向かう先はスミルナの城壁がある方向。すなわち外だ。慌てふためく騎士達の横をすり抜けて、アルベルト達は大通りを下っていく。
「外へ出たら東へ進め。その先に逃走手段を用意してある」
「でもこの騒ぎで門は閉鎖されているはずだ」
「だろうな。ローゼン! 門を壊せるか?」
「無茶言わないで下さいませ! 魔術一発で壊れるなら魔女狩りも独立戦争ももっとミガー優勢で進んでいましたわよ!」
 ティリーの抗議に、キーネスは「だろうな」と呟いて前方に視線を戻す。神聖都市の城壁と城門は幾つもの魔術遮断の紋章が描かれている。魔女狩りの時代に造られたそれは、数百年の時を経てもなお堅牢だ。魔術どころか、悪魔祓い師の力を以ってしても破れない。だが、
「門を破る必要はない」
 記憶を手繰りながら、アルベルトは呟く。確かスミルナの城門はラオディキアとほぼ同じ。定められた閉門時間と有事の時は閉じられている。門が閉じられている時、街の出入りが出来るのは一カ所だけ。
「通用門がある。そこから出ればいい」
「鍵は?」
「・・・・・・門衛が持っている。門の左側の騎士が管理する決まりだ」
 騎士さえ倒せば鍵の入手は難しくない。そして鍵さえあれば、通用門は簡単に開く。それを聞いたキーネスは、小さな声で「地下の迷路を行くよりマシか」と呟いた。
「よし。その方法を試してみるか。だが、あの悪魔祓い師はどうする?」
 キーネスは後ろを指し、そう言った。距離はまだ遠いが、アルベルト達の後をウィルツ達が追いかけてきている。下手をすると鍵を入手している間に追いつかれてしまうだろう。ウィルツ達の足を止めなければならない。そう考えて、アルベルトはティリーに声を掛けた。
「ティリー、頼みがある」
「なんですの? 面倒なのは嫌ですわよ」
「面倒・・・・・・かは分からないが、多分疲れることだと思う」
 怪訝そうに眉を寄せたティリーに、アルベルトは手早く自分の考えを説明する。本当に疲れますわねと彼女は言ったが、拒否することはしなかった。
「分かりましたわ。お任せ下さいませ」
「助かる」
 そうして、通りを行き来する市民達をかき分けながら、アルベルト達は東門へ向かった。逃げるアルベルト達を、スミルナ市民は遠巻きに見つめる。悪魔が現れた混乱がまだ収束していないのか、追いかける騎士達が何か叫ぼうとも誰も動かない。それが幸いして、アルベルト達は難なく城門前の広場までたどり着いた。
 城門前広場は細長い円形をしている。中央には高い鐘楼。広場のあちこちには、訪れた巡礼者を迎えるように、あるいは旅立つ巡礼者を見送るように天使像が立ち並んでいる。人が出入りする時間帯でもないので広場に人影はない。そのことに安心しつつ、アルベルト達は城門前の広場に入った。
 しかしその時、鋭く風を切る音がした。
 リゼに向かって放たれたそれを、アルベルトは一刀の元に斬り捨てた。二つに分かれた銀の矢はくるくる回転しながら地面に落ち、転がっていく。それを一瞥してから、アルベルトは矢が飛んできた方向に視線をやった。
「マティア!」
 城壁近くの鐘楼の上で弓を構えた悪魔祓い師は、銀の矢をリゼに向けていた。姿が見えないと思ったらここで待ち構えていたようだ。瞬きの間に放たれた第二の矢が、空を切ってこちらへ向かってくる。それも剣を振って弾き返すと、アルベルトは視線をマティアに向けたまま、じりじりと後退した。
 鐘楼の上で、マティアは的を吟味するかのようにじっと弓矢を構えていた。マティアの狙いはリゼだ。他の者は眼中にない。いかにアルベルトの剣を潜り抜けて魔女を仕留められるかと、あの悪魔祓い師は思案している。
「先に行ってくれ!」
 立ち止まったティリー達を促し、アルベルトは彼女らとは違う方向へ駈け出した。風を切って放たれた矢を避け、鐘楼から一定の距離を取りつつ広場の端へと移動する。その間に、ティリー達は城門へと向かっていた。門を開けるのは彼女らに任せるとして、こちらはとにかく悪魔祓い師を何とかしなければならない。アルベルトはマティアの姿を目にとめながら、少しずつ鐘楼の左手に回りこんだ。が、
「逃がさねえぜ!」
 不意に響いた声と共に、アルベルトの真上に白い炎が出現した。とっさに避けると、降り落ちた白い炎は地面をえぐり、石畳を破壊する。数人の騎士を従え、ゆっくり歩いてきたウィルツは、杖をアルベルトに向けた。
「逃げるつもりかもしれねえが、城門には騎士がいる。袋の鼠だな。おまえらの負けだ。アルベルト」
 ウィルツの言う通り、門の方では騎士達が脱走者に気付いて各々武器を取り、こちらに近づいてきている。ティリー達が応戦しているが、戦局は五分五分といったところか。悪魔が出現した混乱で騎士の数が少ないのが幸いしているが、時間がかかればかかるほど増援が来てしまうだろう。その前に、キーネスが鍵を見つけてくれるといいのだが――
「で、おまえは一人でオレ達と戦うってか!」