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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 渦巻く靄の中心に、人影がゆらりと起き上がった。肌は炭化して黒く染まり、衣服は焦げてぼろぼろになっている。満身創痍にも関わらず立ちあがったマリウスに、周囲の悪魔が次々と吸い込まれていった。マリウスに悪魔が取り憑いていく。それは数えきれないほどで、もはやなりふり構ってなどいられないとばかり、マリウスは悪魔を憑依させていく。もはや邪魔でしかないのか、マリウスは銀槍を投げ捨てた。槍は湖に飲まれ、その姿を消す。その間にも悪魔がマリウスに吸い込まれ、それにつれて身体の傷は次々と塞がっていった。
「ワたしのじゃマをすルな!!」
 いくつもの声をだぶらせながら、マリウスの咆哮が空間を震わせる。湖面には更に激しい波が立ち、空気は痛いほど振動した。圧倒的なまでの力の感覚に押さえつけられているかのように身体が重くなる。そして次の瞬間、マリウスから黒い衝撃波が放たれた。
 衝撃波は水飛沫を上げながら、アルベルト達に迫ってきた。黒いそれは壁の如く立ちはだかり、逃れる場所などどこにもない。後退する暇もなく、アルベルトはとっさに、ティリー達を庇うように衝撃波と対峙した。
「我にご加護を! 堅固たる守護を与えたまえ!」
 とっさに唱えた祈りは守りの壁を築いてくれたものの、ほんの数瞬しか持たなかった。放たれた衝撃波は思いのほか強く、守護の祈りを突き破ってアルベルト達に襲い掛かったのだ。威力自体は減ぜられていたものの、踏みとどまれるほどではない。アルベルトは吹き飛ばされて、空中で半回転しながら弧を描いて飛び、まだ残っている魔法陣の上に叩きつけられた。
 不気味に脈打つ陣に手をついて起き上がろうとすると、防ぎきれなかった衝撃波が付けた傷がずきりと痛んだ。痛みをこらえつつ立ち上がると、滲み出た血が肌を伝って流れ落ちていく。傷の一つ一つは浅いが、何しろ数が多い。一番大きな脇腹の傷を押さえつつ視線を巡らすと、同じように吹き飛ばされたゼノが、痛みに呻きながらも立ち上がろうとしているのが確認できた。負傷しているものの、動けないほどではないようだ。別の場所では片膝をついたキーネスが苦しげに息をつき、座り込んだティリーは痛みに顔をしかめている。シリルは無事だったが、聖印の加護はすでにボロボロで今にも破れそうで――
 そこで、はたと気づいた。
(――! リゼは!?)
 リゼの姿が見当たらない。ティリーとシリルの近くにいたはずなのに。衝撃でどこかに弾き飛ばされたのか。振り返って魔法陣の中心へと視線を巡らすと、はたして彼女はそこにいた。
 “門”から伸びる黒い腕のようなものが、リゼを拘束している。生贄を求めているのか、黒い腕はリゼを“門”の中へと引きずり込もうとしていた。
 アルベルトは弾かれたように立ち上がると、傷の痛みも顧みずリゼの元へ走った。祈りを唱えながら剣を振り上げ、黒い腕に向かって斬り付ける。しかし、剣は僅かに腕に食い込んで、何かに引っかかったかのようにそれ以上進まなくなった。再度祈りを唱えても、悪魔を斬り祓うことが出来ない。逆に剣はずぶずぶと飲まれ、続けて噴き出した闇がアルベルトを包み込んだ。
 それは一瞬の出来事だった。実体化した悪魔が腕を掴んでいる。術で浄化しようとしても間に合わず、次々と纏わりついてくる。アルベルトは剣を振るう暇もなく完全に動きを封じられて、空中に吊り上げられてしまった。
「素晴らしい。この力があれば、こうして悪魔を使役することもできる」
 陶酔しているような口調でそう呟きながら、近寄ってきたマリウスはアルベルトを見た。正確には、アルベルトを拘束している悪魔を。逃れようともがいても、悪魔の力は凄まじい。腕をねじりあげられて、剣を握る手から力が失われていく。祈りを唱え悪魔を一体吹き飛ばしたが、その程度では焼け石に水だった。そもそも、聖印がない状態での術の行使は思った以上に負担が大きい。その疲れが今更やってきて、頭の芯が重くなったような眩暈に襲われた。
「――悪魔祓い師は悪魔堕ちすると天使の加護をなくして次第に力を失っていく。だが、貴様はまだ使えるようだな」
 悪魔から逃れようとするアルベルトを、マリウスは値踏みするような目で見た。そう、悪魔祓い師の力の減衰は思ったより緩やかだ。それとも、アルベルトは本当の意味で悪魔堕ちしたわけではないからなのか。今はまだ、悪魔祓い師の力を使える。けれど、
「しかし聖印を手放し、剣は安物の騎士の物。その状態でよく悪魔祓い師の力を使う気になるものだ。その程度の力では大したことは出来まい」
 そうだ。この剣ではほとんど術の助けにならない。聖印もない。力はあっても、それを発揮できないのだ。
「どうやら本当に悪魔の力を得ていないようだな。何故力を得ようとしない? この力があれば、どんな望みも叶えられるというのに」
 飛び交う悪魔を従えて、マリウスは疑問を口にした。悪魔達は獲物を狙う獣のように、赤い目でアルベルトを睨みつけている。一体一体は小さいが、それらが大量に集まっているために凄まじい力を内包しているのが分かる。それを操るマリウスも同じ。だが、この人はまだ満足していない。スミルナの全てを犠牲にしてまで、力を求めようとしている。街一つを贄にしたら、一体どれほどの力になるのだ? どれほどの悪魔が喚び出されるのだ?
 その力があれば、どんな望みも叶えられるのか?
「・・・・・・そんなもの」
 拘束された左手を動かして、ポケットの中に入っているものを握り込む。冷たい十字架と鎖の感触。まだこれがある。聖印よりは弱いが、これがあれば。
「俺が欲しいのは、悪魔に苦しむ人を救う力だ。誰かを守る力だ。悪魔の力じゃない!」
 ロザリオを握り締めて素早く祈りの言葉を唱えると、マリウスの周りに光の鎖が出現した。悪しきものを捕える術。鎖はマリウスの身体に巻き付き、その動きを拘束する。マリウスにとっては予想外の反撃だったようだが、隙を見せたのはほんの短い間のこと。すぐに悪魔を呼び寄せると、光の鎖を浸蝕させ、バラバラに引きちぎった。
 だが、それで十分だ。一瞬だけでも気を逸らせられればいいのだから。
「その汚い口を閉じなさい!」
 ティリーの掛け声と共に、マリウスの元に無数の水晶の槍が飛来した。槍はマリウスの顔めがけて降り注ぎ、術者の言葉通り喋る機能を奪おうとする。しかし、魔術は集結した悪魔の靄に飲まれ、塵のように細かく霧散した。悪魔を浄化する力を持たないティリーの魔術では、どうやっても悪魔にダメージを与えることはできない。魔術は悪魔そのものに干渉することができないから。だが、足止めするぐらいは出来るようだ。それに、悪魔憑きと言っても人間。魔術をくらえば、ダメージは免れない。