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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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――まさか、ね。

私はちょっとカウンターの向こうにいる朴念仁の方を見やった。
するとそのタイミングでマスターは俯いて、盛大なくしゃみをマスク越しに一発ぶちかました。

そう、まさかまさか、だ。

そう思いながらまた窓の外を見ると、ついに小雨がぽつぽつと落ち始めた。
雨宿りだろうか、誰かが小走りにこちらへ向かってくるのが見えた。
マスクのその男性を見ながら、私は仕事に戻ろうと窓辺を離れた。
「お客かい?」
と窓の外を見ながら歩く私にマスターがそう声をかけた。
だから私はマスクをしたまま、
「ええ、きっとそうだと思います」
と返事を返した。

背筋を伸ばしてトレイの準備をする。
そう、私はこれでいい。
だって私はこのお店の、霧雨堂の女中なのだから。
マスターはカウンターの中でコーヒーを淹れるための準備をしている。

カランとベルの音がして、また戸が開いた。
マスク越しに私は精いっぱい微笑み、

「いらっしゃいませ」

とまたその来客に向かって、

お店のために、
誰かのために、
せめて爽やかに聞こえる様にと念じつつ、会釈とともに挨拶を告げた。

<『仮面と女中と霧雨堂』了>