霧雨堂の女中(ウェイトレス)
「彼女はこの感染症騒ぎの前からマスクを着けていたんだ。あの巨大なやつを。
それで、あんな感じだから時々外すよう求められたりしたらしい。
事情を知らない人や、不躾な輩からさ。
でもそれが嫌で彼女は引きこもりがちになっていたんだ。
そんな彼女に、ある時彼が惹かれた。
きっかけは彼女が描いていた絵を小さな個展で見たことらしい。
それで、彼女に告白したいといわれたんで、僕は一つだけアドバイスをしたといえばした。
でもそんなのは割とどうでもいいことで、ジンクスの一つに過ぎないと思ってる。
彼女の内面をしっかり見て、マスクの、『仮面』の向こう側に頓着のない彼なら、きっとその熱意を彼女に届けただろうから。
――ああ、そうだ。彼は実は弱視気味で、相当近づかないと眼があまりよく見えないんだよ。
絵を見るのは、好きらしいんだけどね」
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名