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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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男性は二度三度と頷いて、お店のドアに向かって歩き出した。
「必ず渡してください、マスターにね」
そして出会ってからずっと変わらない穏やかな調子でそう言って、お店の戸を押し開けた。
「ありがとうございました」
と、私がその背中に向かって声をかけると、後ろを向いたままこの男性は左手をひょいと上げて応じた。

「『今後6年間の豊作』はあなたには関係ないか。でも、せめて彼のお店が繁盛するならば、それでいいのかもしれませんからねえ」

男性はそう言いながら戸を閉めかけた。
そのとき、私はふと思い出して
「あ!すみません。お名前をお伺いしても」
と、慌てて尋ねた。

「――――『アマビエ』、といいます。『天が冷える』と書きます。マスターなら分かりますよ」

ドアが閉まるつかの間、男性はそう私に告げて、この霧雨堂を完全に後にしてしまった。
呆けたような気持ちで私が戸を眺めていると、急に「きぃ」と音を立ててそれが開いた。
今の男性が忘れ物でもしたのだろうかと思うその瞬間、そこから顔を出したのは、

「マスター」

なんとも、いつものおとぼけ野郎だった。
「いやああやめ君、すまなかったね。もう3日もお客が来てなかったんでレジの小銭を全く用意していなくってさ。気がつけば3時前だろう?慌てて銀行に行ってきて・・・って、寝てなくて大丈夫なの?」
ぬけぬけとそんなことを言うマスターに向けて、私は伝票のバインダーを突きつけた。
そこには私のアレな絵が挟んであるのだが、約束は約束だ。
「これは天冷さんからですよ。描いたのは私ですけど」
するとマスターはその絵をまじまじと見つめて、それから店内を見渡した。
そして何かに納得したかのように、私の手からその伝票を受け取った。
「へえ、彼、絵を描かせてくれたんだねえ」
そして、マスターはそんなふうに独りごちた。
かと思えば私の方をいきなりつかむと、ぐるりと無理矢理回れ右をさせた。
さらにぐいぐいと私の背中を押してくる。
「ほら、二階に戻ってゆっくりお休み。あとはもう大丈夫。僕はこの絵を見たことだし、お店ももう平気だ」
何やら訳も分からないまま、私はマスターに促されるままに二階へ続く階段へと追いやられた。