霧雨堂の女中(ウェイトレス)
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三人が引き上げた後、また霧雨堂にはマスターと私のふたりきりになった。
ちなみにコーヒーの代金は彼がきっちり三人分払っていった。
「彼女、もしかして常連さんだったんですか?」
私は人形遣いの彼女のことを思い、マスターにそう尋ねた。
過去形で聞くのは私がここに来てからは初めて見る顔だったと言うことがある。
「そうだよ。最近は姿を見ていなかったけどね」
とマスターは頷いた。
「でも、彼女凄かったですよね。あの腹話術。テレビで見る『ナントカ堂』とかよりもずっと自然でした」
私はマスターにそう感想を述べた
――つもりだった。
するとマスターは苦笑して、
「いや、でもアレは『ズル』だからねえ」
とぼやくように言った。
ズル?
私は何のことだか分からず首をかしげた。
「でも、凄く自然でしたよ。
本当に彼女と同世代の女性の声にしか聞こえませんでした。
強いて言えば、『声が人形の年代にあっていないかな』と思ったくらいで。
それこそ――頭の後ろにもう一つ口でもついていないと、あんな芸は不可能だと思います」
私はそう、素直に思うままを口にした。
すると、マスターはこくりと頷いて、
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名