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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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人形女子の彼女は、彼に『勝つつもり』でこの店に来た。
どうにかして、『彼に言うことを聞かせるため』に。


そして、彼は賭けに『負けるため』にここへ来た。
多分、『彼女に一杯のコーヒーをおごり、ひととき一緒に飲みたかったため』に。


多分、彼は事情と好みは説明していたに違いない。
しかしコーヒーを飲んだのはこの時が初めてだったのではないだろうか。
何より、彼のあの顔つきは新鮮な驚きに満ちていた。
『負けるつもり』であったことは確かなのだろう。
でも、マスターのコーヒーは否応なしに彼の意志をねじ伏せたようだ。
その辺はきっとマスターの矜恃で、不器用な彼へのちょっとしたイタズラ心だったに違いない。


そう考える時、私の中である構図が浮かび上がってきた。
それはややいびつだが愛らしい構図だ。
彼らの気持ちはすり鉢のように、巡り廻って『彼女』の元へと落ちていく。
「さっきの約束覚えてるわよね?」
と人形女子の彼女が人形の声で尋ねる。
「畜生、いいよ。なんでも言うことを聞く」
頭を振りながら彼がやれやれといった体で答える。

『素直じゃないなあ』と私は思う。

「ほら、じゃ、言いなさいよあんたのお願い」
人形女子がそう言って目隠し女子の方に手を伸ばして、肩をぐっと引いた。
ここでそう来ると思っていなかったのか、目隠し女子が食べかけのハニーマーガリン・トーストをむぐっと飲み込み、あわや喉に詰めかけた。
「え、あの、その」
急に話を振られて目隠し女子が、小さな口をこれまた本当に小さく開けてぼそぼそと呟いた。
すると、急に人形女子が空いた左手で目隠し女子の前髪を軽く持ち上げて、その目をのぞき込んだ。
脇から偶々私はその目を見ることが出来た。
そして、私は一瞬息を飲んだ。
彼女の目は深い緑色で、私にとってもっと身近な印象で言えばそれは『鮮やかな猫の瞳の色』に見えた。
単純に色素が薄いというわけではない。
遺伝的な何かだろうとしか私には思えなかったが、とにかく見たこともないほど美しい色であると言うことに、全く異論はなかった。
それに対して『高貴』なんて平凡な言葉は使いたくないし、似つかわしくもない。
『華やぐ』と言えばまだ適している感じがする。
私にはその瞳が、おびえているわけではないが、僅かな不安に揺らいで見えた。
今、この店内にある全ての沈黙は彼女のためのものだ。

「私と」
とようやく彼女が口火を切った。
「私と、あの、私と」
その瞳の色は懸命だ。
彼がその様子に、彼女の方を向き直る。