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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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と、自分の過去を淡々と説いた。
するとマスターはきょとんとして、それから
――盛大に笑いかけて、同時に必死にそれをかみ殺そうとしゃがみ込んだ。
その態度に今度は私の方がきょとんとした。
マスターはほとんど痙攣しているのではないかという勢いでお腹を抱え、キッチンの床にしゃがみ込んだままだったが、たっぷり三分もそうしていたかと思ったら、ようやく立ち上がり目の端に浮いた涙を手で拭った。
「いや、ごめんごめん。まさかそう来るとは思わなかったから。『都合75%の雨女』か。それならば、むしろ君も『妖怪』だねえ」
そして、マスターは続いてエスプレッソマシンでミルクを抽出し、ピッチャーに溜めたそれをカップに慣れた手つきで垂らし始めた。
ぽかんと私は軽く口を開ける。
マスターはあざやかな手つきで厚手の白いカップの中に、レインドロップを一つ描いて見せた。
そしてカクテルピンですっすと線を引き、きめの細かい白い泡の中に閉じられた目と微笑む唇を書いて加えた。
出来上がった鮮やかなラテアートをトレイに乗せて、マスターは彼女が待つテーブルに向かった。
私がちらりと目をやると、彼女はマスターが出てくるところからテーブルへ至るまで、控えめなながらも視線をまるで逸らすことなく見つめ続けていた。
――何かがあったんだろうな、と漠然と私は思った。
私がそう考えたことには、さらに加えて訳がある。
マスターは恭しい手つきでテーブルにカップを置いた。
その中身を見て、彼女は目を丸くして、それから、
――とてもとても、幸せそうに微笑んで見せたからだ。
私はマスターがそのままそこに留まり、彼女と話でもするのかと思っていたが、意に反しマスターはカウンターに戻ってきた。
そしてちょっとした食器やカクテルピンの洗い物などを始めた。
彼女はといえば、こちらに背を向けてふうふうとカップに息を吹きかけながら熱々のラテを啜っている。
「いいんですか」
と思わず私は小声でマスターに言った。
「何がだい?」
マスターはわたしに尋ね返した。
「彼女のところに居なくて、ですよ」
だから私は重ねてこの朴念仁に言葉で釘をそっと刺した。
マスターはすると、ぽかんと一瞬呆けた顔をして、それから、何とも言い難いほろ苦い微笑みを浮かべた。
その微笑みの苦さは、例えるならば酸味の強いコーヒーのようで、悲しさとか、過ぎ去った喜びであるだとか、そう言ったもの私に連想させた。
そしてこの時マスターが一度顔を横に向けたとか思ったのは、きっとそうではなくて、一度ゆっくりと首を横に振ったのだろうと後になって私は気がついた。
私はそれでもういちど彼女の方を見て、窓の外に目をやった。
薄暗い店内よりはまだ灰色の雲に覆われた屋外の方が明るいのではないかと思う。
その薄明るい外の世界には、一面の雨が降り注ぐ。