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霧雨堂の女中(ウェイトレス)

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ひっかかるのは、マスターの言葉の意味だ。
地主的な、と言う言葉はあの小さな女の子を説明するのにどうしてもそぐわない。
和装には確かに雰囲気を感じる。
しかし醸し出す雰囲気は幼く、素朴で、なんというかある種の純粋さをすら覚える。
「気になるかい?」
――表情に出ていたのだろうか?
マスターがにやにやとしながら私にそう言った。
「いいえ、別に」
だから、私がそう答えてしまったのは私の意地っ張りな性格が取らせた態度からだった。
本当は、気になる。
だけどもし知ってしまっても、逆に知ることが無くても、それは私には究極的には関係は無さそうだとも思ったし、そう思ってしまえば見切りを付けるのは容易そうだとも思えた。
私が自分の中でそんな風に好奇心に折り合いを付けると、まるでそれにタイミングを合わせたかのようにツーサイドアップの子と和装のその子が席を立った。
ツーサイドアップの子が束の間眉間にきゅっと皺を寄せながら、私がテーブルの端に置いた伝票を手に取り中を眺めた。
しかしその子はすぐに意を決したかのようにレジにつかつかと歩み寄り、悲壮な目つきをしながら今時珍しいがま口の財布を鞄から取り出してそれを開いた。
千円札を二枚その子は差し出した。
私は精算を済ませ、その子にお釣りを返した。
「ありがとうなの」
和装の子がそう言って頭を下げた。
それは私とツーサイドアップの子の中間に向いていた。
つまりは、その子は私とツーサイドアップの子の二人に対して頭を下げたと言うことなのだろう。
私も笑顔を作り、和装のその子に会釈した。
ツーサイドアップの子は一度だけ盛大なため息をついたが、和装の子はにんまりと微笑んで右手を挙げると、私に向かって軽くそれを振ってみせた。
ツーサイドアップの子に押し開けられたとき、カランとドアに取り付けられたベルが鳴り、二人が霧雨堂を後にするのを私は見送った。
そしてお客さんがすっかり退けてしまった店内で、布巾を一枚水に絞って手に取ると、私はさっきまで二人が座っていたテーブルに向かってその後片付けを始めた。
お皿を取り上げ、右腕の上に重ね、持ち上げる。
振り返ってカウンターの方に向いたとき、私は異変に気がついた。
「――え?」
私は思わず目を丸くした。
カウンター席の横に並ぶスツールの真ん中に、
つま先が床に付かずぶらぶらさせたまま座っているように見えたのは、
――和装の、おかっぱ頭の女の子の背中だった。
その向かいには何事もなかったかのようにマスターが立っていて、白くて丸い小さなお皿に載せられたイチゴの乗ったショートケーキを差しだそうとしていた。

あれ、でも、ちょっと待って?

私はつい、たった今あの子がお店を出るのを見て、それでテーブルを片付けようと思ったので、なのに、あの子は今、あそこに――いる?

「カフェラテなの」

その子はそうマスターに注文をしていた。
マスターはニコニコと笑って「はい」とひと言優しい声音で返事をすると、カウンターの奥に引っ込んでしまった。
狐につままれたような気分で私がカウンターの向こうに戻ると、その子は特に変わった表情をするわけでもなく、足をぶらぶらさせながら注文が来るのを待っているようだった。
私は何となく一度頭をその子に向かって下げると、カウンターの奥にあるカーテンで仕切られた厨房に入った。
そこではコンロの上で鍋にかけられた、冷蔵庫内の大瓶から注がれたと思われる牛乳が温められているところで、サイフォンからはまたこぽこぽとコーヒーを湧かす優しい音が響き始めているところだった。
「あの子にあげるのは『カフェラテ』というよりは、『ラテカフェ』なんだけどねえ」
そんな風にうそぶくマスターは、あの子がそこにいることを最初から知っている風だった。
「――どう言うことなんです?」
私はだから思わず尋ねた。
するとマスターは少し意地悪そうに微笑んで、
「答えは、もう言ったよ?」
と応じた。
私はそれでますますワケが分からなくなり、このアホウな気取り屋マスターのことに少しだけいらつきを感じた。
で、私の表情はもしかしたら凶悪なモノになっていたのかも知れない。
何しろ私の方を向き直ったマスターが、一瞬ピキンと凍るように表情を固めたのだ。
リラックス!
私は自分の内心に向かってそう声をかけた。
すると、そのタイミングで

「『座敷童』って妖怪を知っているかな?」

マスターはわたしに向かってそう言った。
私は素直に記憶の中に思いを巡らせた。
座敷童。
その言葉から私がイメージするすがたは、まさに今スツールに座るあの子に合致した。

「座敷童の妖怪としての特性とか、効能とかって聞いたことがあるかな?」

マスターは続けてそう言った。
あの子の容姿からの冗談だろうか?
しかし、その目は穏やかでこそあれ、まったく笑っていなかった。
なので、私は応えた。

「座敷童が居る家は栄える。それが去った家は衰え、滅びる」

精々、私が知っているところはそんなモノだ。
しかしマスターはその応えに間髪を入れず右手の指にスナップを利かせパチンと音を立てた。
「ご名答、その通りだよ」
私はだから、はあと応えた。
「それで、それが、何か?」
なので私に言えたのはそんなことだった。
「あの子はある面、確かに座敷童なんだ。妖怪なんだよ。だからその立ち振る舞いや、神出鬼没性を論じたり気にしたりすることには意味がないし、そうすること自体がそもそも愚の骨頂だ。あの子はこの店が気にってくれているようで、だから私はなんとか経営していけている。そう言う意味で、あの子は大切な『ゲスト』なんだよ」
マスターはそう言って温まった鍋の牛乳を白いマグカップに注いだ。
その上から、煎れたてのコーヒーを注いで、ロングスプーンで軽くかき混ぜた。
気持ち酸味のある香りは、きっとモカメインのブレンドだ。
ふわりとカップから立ち上る湯気は、狭い厨房を心地よく柔らかいホットミルクの香りと、酸味と効いたモカ特有の豊かなコーヒー風味を混ぜ合わせながら充たし、私にため息をつかせた。
ここで働くようになってから、私もコーヒーの味わいやその『着付け』というか、ブレンドや砂糖、ミルクとの調和を推し量りながら『相手の好みを察する楽しみ』を覚えていた。
でも、まだまだマスターのようにまでは上手く出来そうにない。

マグカップをお盆に載せ、マスターはカウンターに向かい、自分の創りあげた『作品』を恭しく『座敷童』に差し出した。
「ありがとうなの」
その子はもう一度そう言ってぺこんとマスターに頭を下げた。
だけど、このときには、
私にはその子が『見た目以上の年齢に見えた』というか、急に齢1000歳の大妖怪だと言われても「ふうん」と信じてしまいそうな威厳を、そこにある空気の隙間から垣間見た気がした。
だから私は目を閉じ、また開いた。
何かを見落としたり、見間違えている気がして仕方がなかったからだ。
その結果、そこのスツールには、