霧雨堂の女中(ウェイトレス)
※
その後、マスターはお店の掃除をはじめ、私ももちろんそれには付き合った。
男はその間ニコニコしながら椅子に座ったままだった。
何となくその視線が私に向けられがちな気がしたが、目を向けるとその都度ひょいと右手を挙げて『見てますよアピール』をするので逆に確かめにくくなったから、途中からそのままにしておいた。
三十分ほど掛けてお店をキレイにしてから、マスターは男にコーヒーを入れた。
男はあからさまに苦手そうな表情を浮かべたが、マスターがどこから取り出したのかウイスキーのポケット瓶を開けてその中に注ぎ足すと、途端に満面の笑みになった。
「勝負はお預けじゃのう」
男はマスターに向けてそう言った。
「私はもう結構ですけどね」
マスターはそう言って男に肩をすくめて見せた。
すると男は私の方をちらりと一度見て、
作品名:霧雨堂の女中(ウェイトレス) 作家名:匿川 名