ihatov88の小咄集
14熟年離婚 5/7
ヒロシはアキコと結婚してかれこれ50年、戦後の復興の歯車として昼夜を問わず働き続け、子どもも独立し、家は妻と二人だけになった。
そんな二人はある日の就寝前、布団を並べて横になっているアキコは夫に対しどうしても言いたかったことを口にした。
「あなた」
「なんだい、おまえ」
「わたしはあなたと長いこと一緒にいましたが、もう我慢ができないのです」
「できないとは、どういうことだ」
「別れましょう」
アキコの台詞にヒロシは驚いて目を大きく開けた。
「別れると、わたしは家族のためにいろいろしてきたつもりだが何ということだ」
「いえいえ、昔は仕事仕事で家の事はほったらかしで、今は何もしていないではないですか、あなた」
返す言葉のないヒロシ。確かに思い当たる節はたくさんある。現役の頃は仕事と言って飲み歩いたしゴルフにも出掛けた。子どもも独立した今なんたる仕打ちだ。
「しかしだな、アキコ」
「私の最期のお願いなんです。聞いてくれませんか」
いつも以上に真剣な表情におされてヒロシは心が折れた。これも自分への罰なのか――。
「わかった、おまえがそこまで言うなら……」
「聞いてくれるのですか?」
「しかし――」
「お互いに寝たきりで別れてどうするねん?」
「それも、そうですな。オホホホホ」
お互いの笑い声に誘われて訪問介護の人が家にやって来た。
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔