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ihatov88の小咄集

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21危機一髪 5/26


 アンデスの山深いところ、ここは道が満足に整備されておらず車が帰農しない。切り立った崖、ゴツゴツした岩肌が見える悪路。ここから先は馬で移動するしか道がない――。

 ジョンはイギリスの商人。海を越え、山を越え、この地域に新しい商売の地を求めて妻と生まれて半年の子どもを連れてはるばる南米までやって来た。車で村まで行きたいのにこれではらちが開かない。
 そこでジョンは山の麓の村人と交渉して馬を二頭手に入れた。村人に教えられた言葉は「シ」と「ノ」。スペイン語で「シ」と言えば馬は前へ「ノ」と言えば止まるそうだ。
 
 ジョンは荷物を馬の横に、子どもは妻に負われて馬に乗り、二人は馬の腹を軽く蹴り「シ」と言って道なき道を進み始めた。

 しかし、

 馬が素人をナメるのはよくあることで、馬は一度走ると止まらない。乗せた人のことなど気にもせず暴走する。どうにもならなくなりジョンは思わずこう叫んだ。
「ノーーーーーッ!」

 ピタッ。

 さっきまでの暴走が嘘のように馬は崖の寸前でピタッと止まったのだ。あと一歩でジョンは崖の下だった。
「ああ、助かった……」
「良かったですわ」
ホッと胸を撫で下ろすジョン。そうだ「ノ」と言えば馬は止まるのだった。静かな湖畔の森の影から鳴くカッコウの声が気持ちいい。
 
   ビエエエエエーーーーッ!

 両親が安堵のため息を漏らした途端、緊張の意図が途切れた子どもが急に泣き出したのだ。これで馬が機嫌を損ねたらたまったもんじゃない。
 そこでジョンは大声で泣く子にこうあやしたのだ。


「シーーーーーッ!」
作品名:ihatov88の小咄集 作家名:八馬八朔