花契り
デジャビュ(既視感)というのであろうか、不思議な感覚に襲われた。縦縞絣といい、梅酒といい、女と出会ったときと同じでないか?
あの時のようにグイッと梅酒を飲み干した。濃密な原酒が流れ込むと、身体の力が抜け意識を失ってしまった。
そして、恐ろしい夢を見たのである。
身体が重たい、息が出来ない、口の裂けた般若が馬乗りになって首を絞めている。
「何でじゃ!何で来なんだ、待っておったぞ、ずっと待っておったぞ!一緒にあの世で暮らすのじゃ!」
助けを求めるが声が出ない。逃げようとするが金縛りにあって動けない。息が出来ない、手足が痺れる、身体がこわばっていく、ああ、このまま死んでしまうのか!
そのとき、犬の吠え声がした。フ~ッと重しが取れた。髪を振り乱して首を絞めしていた般若が消えたのだ。助かった!と思った瞬間、目が開いた。
縦縞絣の女が見つめていた。彼女だ!彼女が助けてくれたのだ!
「あ、会いたかった!ありがとう!ありがとう!」
手を握ろうとするとスルリと身をひるがえした。哀しそうに手を振りながら遠のいていく。
「ま、待ってくれ!」
追いかけようとするK。手を振る女が醜い老婆に変貌していく。エエッ?!Kは腰を抜かした。その刹那、風が吹いて女の姿が消えてしまった。
一体、何が起こったのか?
事情が飲み込めず呆然と座り込んでいた。そこへ犬を連れた猟師が現れ、放心しているKを発見した。
「オイ、大丈夫か?!」
Kの肩を叩き、頬をつねった。
「ここにおったら頭がおかしくなるぞ。このしだれ桜は魔性の桜じゃ。ダムに沈んだ村や身投げした女の怨霊が詰まっとる。・・満開の頃は危ないんじゃ、若い男が化かされよる。」
「下にバイクがあったから、もしやと思って上がってきたんじゃ。帰れ、帰れ。化かされんうちに帰れ!」
再び犬が吠えだした。しだれ桜が激しくざわつき、影のようなものが走って、残り桜を一斉に散らせた。
・・約束を破ったKに、女が化けて出たのだと思った。