グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫
「17年ほど前かしら。私とクロエは今で言う北アミューの城から攫われて、リシエールとの国境近くの森に捨てられたの。」
病室で目を覚ましたアリスはクロエが目覚めるのを待ってから二人の看病のために病室にいたエドも含めて事情を話し始めた。
「今では確認のしようもないけど、犯人が5つと2つの子供を手に掛けるのをためらったのか、あるいはゆっくりと時間をかけて私たちが苦しみながら死ぬのを願ったのか。・・・どちらにしても直接手にかけられなかったのが幸いして、たまたま森を通りかかった旅芸人の一座に拾われたの。それがクロエが家族だと思っていた父さんと母さん、それに兄様と姉様よ。」
「・・・まあ、父さん達と私たちは全然似てなかったから、本当の両親じゃないってことはわかってたけど、そんな形で拾われたのね。」
「クロエが物心ついた後に話さなかったのも、名乗り出なかったのも、私たちが自分たちで自分の身を守れなければ結局同じことの繰り返しになると思ったから。だったら、このまま旅芸人として生きていくのもいいか。そう思ってね。」
「自分では、私って結構壮絶な人生だと思ってたんだけど、ジゼルやアリス達の話を聞くとそうでもないと思っちゃうなあ・・・。」
「いや、エド。あんたも相当なものよ。あたしみたいに自覚なく旅芸人をやるのと、それまでお姫様として育ってきていきなり平民として暮らすのはぜんぜん違うと思うもの。ジゼルにしたって、アンの所に来てから10年間隠し通してきたわけでしょう?」
「でもそれほど、苦労はしなかったかなあ。元々あんまりお姫様って柄でもなかったし。それより、二人は召喚魔法は後天的に手に入れたって聞いたけど、その時に名乗り出なかったのはなんで?」
「本当は、召喚の魔法を引き継いだ時に名乗り出ることも考えたんだけどね。でも私達の魔法は二人でやっと王としての条件を満たすから、もしかしたら国を割ってしまうかもしれない。そう考えると名乗り出ないほうがいいのではないかと考えて名乗り出なかったの。クロエにも、後天的な魔法はありえること。という話にして伝えてね。これはテオと皇妃様、それに母さんしか知らないことよ。」
「・・・えっと、母さんは一言もそんな話ししてくれなかったんだけど。知っていたらアリスと本気でやりあうようなことしなくてもすんだんじゃないの?」
「ああ、それは母さんに私が口止めをしたから。」
「口止め?」
「私の魔法で、異世界から呼んだ道具の中に、何処にいても連絡が取れる手紙をかけるペンというのがあってね。実は御前試合の時に母さんに渡しておいたの。使い方を理解してもらえるまでに時間がかかったみたいで、連絡がとれるようになったのは最近なのだけど。」
「・・・まあ、母さんはわかったわ。じゃあアリスはなんで母さんに口止めしてたの?」
「たまには本気でクロエと姉妹喧嘩したいなって思って。」
「・・・・・・。」
「えへ。」
クロエの尋常ではない怒りの視線にほんの少し怯んだアリスはそう言いながらチロッと舌を出してごまかそうとしたが、クロエにとっては逆効果だった。
「えへ。じゃないわよ!あんた本当に何考えてるの?意味分かんないわよ。あたしと喧嘩したいからってわざわざ他人を巻き込んでこんな大事にしたってわけ?本当に理解できない。昔っからそうよ!あたしの気持ち知っててアレクと一緒に狭い所に閉じ込めて反応見て喜んだり、逆にアレクの世話を焼いてこっちをヤキモキさせたり!」
「・・・あれ?でも、それってクロエとアレクをくっつけようとしてたんじゃないの?」
クロエの言葉を聞いたエドがそうつぶやく。
「かわいい妹の恋だものそりゃあ応援くらいするわよ。・・・まあ、面白半分だったけど。」
「それ、今言う必要なくない!?」
「もうクロエに嘘をつくのはやめようと思って。」
「ウソも方便よ!ああもうっ!真面目に相手にするのがバカみたい。あたしもう一度寝るから静かにしてよ。」
そう言ってクロエは毛布を被ってしまった。
「あはは・・・ふたりとも大丈夫そうだし、私は皆に報告してくるね。」
そういってエドは椅子から立ち上がり、病室から出て行った。
「・・・ねえ、アリス。」
「あら、寝るんじゃなかったの?」
エドがいなくなった後で顔だけだしたクロエにアリスが意地悪そうな笑顔を浮かべて応じる。
「話が終わったら寝るわよ!・・・カズンの件、聞いたわ。でも、なんでアレクが帰ってくるのを待てなかったの?わざわざ危ない橋を渡らなくたって、ちゃんと裁きを受けさせることはできたのよ。」
「さて、なんでかしらね。・・・メイとアンジェは義憤、シエルは義務。ルーは憤怒。それぞれみんな理由があったけど、私の理由って、私自身でもよくわかってないのよ。それこそクロエの言うとおり、アレクを待てばよかったし、ユリウスに告げ口したってよかったはずなのに。何故か自分の手で始末をつけたくなっちゃったのよね。」
「まあ、アリスとカズンは似たもの同士で仲が良かったから気持ちはわからなくはないけど・・・。」
クロエのつぶやきを聞いたアリスの顔がピキッと引きつる。
「・・・ちょっと待ってクロエ。私とカズンが似ている。ですって?ちょっとそれは聞き捨てならないわよ。私のどこがあんな陰険で人を小馬鹿にしたような態度の黒幕気取りの男と似ているっていうのよ。」
「陰険で人を小馬鹿にしてて黒幕気取りな所よ・・・むしろ、アレクを立てる分、カズンのほうが性格がいいくらいよ。」
「そん・・・な・・・。」
そう言って、この世の終わりでも見たような表情でアリスが頭を抱えた。
「いや、そこまでショックをうける所じゃないと思うわよ。多分アレクもルーも同じことを思ってるだろうし。」
「えっと・・・嫌味や冗談ではなく、本当に似ているの?」
「似てるわよ。それでいてふたりとも脇が甘いから私もルーもフォローするだけで大変。」
「いやいやいや!カズンはそうだったかもしれないけど、私はそんなことないわよ。」
「あるわよ。15の時にアレクがアストゥラビの公爵ともめた時だって、二人が戦果を競って前しか見てなかったときに、あたしとルーがどれだけ骨を折ったことか。嘘だと思ったらアレクとルーに聞いてみなさいよ。」
なんとなく心当たりがあったのか、アリスはバツの悪そうな表情を浮かべると、クロエの言葉には答えずに、毛布をかぶって背中を向けた。
「・・・さあ、ゆっくり休んで体力と魔力を回復しないとね。ここからは厳しい戦いになるだろうから。」
アリスはそう言って目を閉じると、わざとらしい寝息を立て始め、それを見たクロエはやれやれとため息をついた。
9へ 続く
作品名:グランボルカ戦記 8 白と黒の姉妹姫 作家名:七ケ島 鏡一