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花は咲いたか

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今は2日後のアボルダージュ作戦に備えて軍備を整えたり、隊士達は体調を整えるために1日の休暇をもらったところであった。
肩から銃をさげ、部屋を出ると土方の姿を探した。五稜郭のどこかにいるのか、出かけているのか姿が見当たらない。
アボルダージュを前にして忙しいだろうことはわかっていたから、いなければ市村鉄之助に伝言を頼みたいと思っていた。

うめ花は写真の勝太郎に話しかけた。
Γお爺様の大事にしていたこの懐中時計を、私の大切な人に頂いていいですか?」
このアボルダージュはおそらく時間との戦いでもあるだろう。軍議を大広間の壁際に立って聞いていたうめ花は、自分なりにそう判断していた。
土方は近藤からもらった大切な懐中時計を江差でなくしてしまった。そのまま銀の鎖だけを今でもチョッキの胸ボタンから下げている。
旧幕軍の切羽詰まった状況からみて、このアボルダージュは暗闇の中の一筋の光りのようなものだった。土方はこのアボルダージュ作戦に、おもちゃを見つけた少年のように瞳を輝かせた。
陸海軍の力が劣るわけではない、この作戦を信じていないわけではない。だが、陸上と違い海は船底の向こうに暗く深い深い海がある。謝って海中に投げ出されることもある。
敵艦から集中攻撃を喰らってしまえば、土方の乗る回天が後方支援とはいえ木っ端微塵になることもある。
なにより敵から奪うつもりの甲鉄艦にはガトリング砲が搭載されているという。機関銃とも呼び、発射口が6つ、手で取っ手を回すと6発づつが連続して発射されるのだ。そんな恐ろしい武器が火を吹いたらどうなるか...。
Γお爺様、土方さんをお守りください」
勝太郎の懐中時計を握りしめ、そんな祈りがうめ花の口からこぼれた。

3月21日から日付が変わる少し前。
うめ花は写真館を出て、港の入り口に立っていた。
春なのに夜の海風は冷たく、夕霧の首に手をまわし寄り添った。
回天丸に乗艦するはずの土方がまだ来ない。蟠龍や高尾の乗組員や新選組隊士らもすでに乗艦し、出港前の準備が行われている。
まっ暗闇の中、頭上には降るような星が輝いている。
夕霧が前足で土を掻き寄せ、鼻を鳴らした。
馬から降りた土方が、うしろにいる野村利三郎に何かを告げうめ花の前に立った。
Γどうしたんだ?真夜中だぞ」

Γあ、」
暗闇の中で土方の漆黒の瞳が輝いていた。
Γアボルダージュにこれを」
手に握りしめていた勝太郎の懐中時計を広げて見せた。
Γこれは...?」
見ると真鍮の見事な細工の懐中時計だ。
Γお爺様の大事にしていたものです、私の代わりに連れて行って」
あの軍議の後、ほんのわずかな時間だったがうめ花は土方をつかまえて、
Γアボルダージュに連れて行ってくれませんか?狙撃手として」
と頼んだが、あっさりと駄目だ!と断られその後は話をする時間も取れなかったのだ。
うめ花を狙撃手として連れて行けば兵士10人分の働きくらいはするだろう。
荒れ狂う波などものともせずに標的を射抜くはずだった。
しかし海軍に限らずこの頃の船乗り達は、女を船に乗せることを嫌う。
これだけは世界共通だった。
Γ海の神様は女性で嫉妬深い」ということを船乗り達は信じている。
Γ山の神様は女性で嫉妬深い」という山の猟師達と同じだった。
これは男だけに許された最高に楽しくて危険な戦いなのだ。
Γ大事にする...。お前は待っていろ、土産は最強の軍艦だ」
白い歯をキラリとのぞかせて笑うと、大きく手を振り土方は港への坂道を降りて行った。


第五章 終わり







作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅